ミステリーの愉しみ(5) 奇想の復活 ( 鮎川哲也、島田荘司編 )

800ページ超えの書き下ろし短篇集。面白かったのは二階堂、法月、綾辻というお馴染みのメンツだけなので、本の重みに耐えて読むほどの価値はありません。


題名 作者 評点 コメント
阿闍梨天空死譚 歌野晶午 6.5 宗教団体の塔に括られた男の死体。不可能設定は面白いが、トリックに説得力が乏しいのが残念。
ロシア館の謎 二階堂黎人 8.0 ロマノフ王朝崩壊後のロシアを舞台に、消失した城館という不可能設定と緊張感のあるストーリー展開で面白く読める。
人面蝙蝠 天異圭 7.0 怪談仕立ての展開は面白いが、謎解きの辻褄が合わせが強引すぎる。
遠くで瑠璃鳥の啼く声が聞こえる 麻耶雄嵩 4.0 妙に気取った素人臭い小説を読むのは辛い。
人喰いの滝 有栖川有栖 5.0 川への連続転落死をめぐる謎だが、あまりぱっとしない。
頸折れ人形考 司凍季 6.0 怪談めいた設定と、それを支える筆力には感心するが、ラストが平凡。
植林する者たち 御坂真之 5.0 展開が冗長で面白くない。もう少し短くスッキリまとめるべきだった。
亡者の谷 奥田哲也 7.0 謎解きの辻褄合わせに強引さを感じるが、よく考えられている。
星屑のレクイエム 寺本耿 3.0 この人は全くミステリーというものがわかっていない。
メニエル氏病 竹本健治 5.0 宇宙船の中に芸者と二人という設定は面白いが、謎解きが今ひとつなうえ、ラストもよくわからない。
重ねて二つ 法月綸太郎 8.0 このトリックはすごい。いささか必然性には欠けるが、短いパズラーとしてよく出来ている。
バベルの塔の犯罪 我孫子武丸 5.5 近未来の高層ビルを舞台にした作品だが、トリック対象の舞台構造が複雑で説得力がない。
カルロッツァの翼 飛鳥井士朗 6.5 面白い記述トリックや設定があって捨てがたいのだが、いかんせんゴタゴタしている。良くも悪くもアマチュアの作品である。
生ける屍の殺人 今邑彩 6.0 二段構成は悪くないが、あまり論理的でない。
いれかわり 斎藤肇 5.0 ニューロティクな展開を狙ったのだろうが、あまり効果的でない。
殺人喜劇の鳥人伝説 芦辺拓 5.0 やたらゴタゴタした慌ただしい連続殺人。その辻褄合わせに終止するが、読者はとてもついていけない。
パンパから来た娘 峰島悟 2.0 これはひどすぎる。とても活字にするレベルではない。
叫ぶ夜光怪人 津島誠司 4.0 こんな荒唐無稽な話まで読まされるとは。
どんどん橋、落ちた 綾辻行人 7.5 ここまでやってくれるとは、思わず大笑いしてしまった。作者の才能を感じる一編である。

総勢19人の書き下ろし。とにかく厚い本なので、抱えて読むのにも一苦労。冬の寒い朝、読んでいたら指が攣ったぞ(笑)。

さて、この本についてですが、序文で編者の島田荘司が下記のように述べています。
『このたび立風書房の御好意により、日本のミステリーの歴史を俯瞰するアンソロジー全五巻を編む運びとなり、五巻目を「新本格編」とすることになりました。文章をおとなのものに、人間をもっと描け、リアルであれなど、新本格を取り巻く批評の声には現在厳しいものがあります。いずれはそういう視点でアンソロジーを編んでみたいとは考えるものの、九○年代初頭の現時点は、本格の復興期にあたっていると理解しますので、文章よりも人間描写よりも、なにより奇想天外で、前人未到の発想を内包する「本格物」ということに作品を限って第五巻を編み、これを未来へ向けての一本の記念碑とすることをもくろんでいます。』
という目論見のもと、書き下ろしを集めたのが本作品集のようです。

その意気や良し」と言ったところでしょうが、残念ながら内容は玉石混交。指が攣るのはまだしも、頬が引き攣るような作品も少なくなく、800ページを超える作品群を読み通すのには、かなり苦痛が伴いました。先の新本格への批判、「文章を大人のものに」、「リアルであれ」が、読後説得力を増してしまったのは、皮肉としか言いようがありません。

そんな中で感心したのは、二階堂黎人「ロシア館の謎」、法月綸太郎「重ねて二つ」、綾辻行人「どんどん橋、落ちた」の三篇。結局、新本格に限らず、読者を納得させられる作家というのは限られるということでしょう。


立風書房の「ミステリーの愉しみ 全5巻」もこれが最終巻。1から3巻までは既読の作品も多く、4巻で少し盛り返したものの、5巻は上記のとおり。
全体を通じて、あまり「新味も魅力も感じられないアンソロジー」というのが正直な感想です。


立風書房 一九九ニ年九月十日 第一刷発行 一九九ニ年十月二十日 第二刷発行 829ページ 2600円