不死鳥の剣―剣と魔法の物語傑作選 ( R・E・ハワード他 中村融編 )

懐かしのヒロイック・ファンタシー短編集。面白く読めたのはお馴染みのものばかりで、新味に乏しかったのは残念。


題名 作者 評点 コメント
ロード・ダンセイニ サクノスを除いては破るあたわざる堅砦 5.0 [The Sword of Welleran 1908年]感性の低い人間にはよくわからない幻想談。
ロバート・E・ハワード 不死鳥の剣 7.5 [ウィアード・テールズ 1932年12月]ハワードの新鮮さは、怪奇小説にリズミカルな会話とアクションを融合させたところだろう。そこに主人公コナンの魅力が重なるのだから、正しくこの分野の創始者にふさわしい。
ニッツィン・ダイアリス サファイアの女神 4.0 [ウィアード・テールズ 1934年2月]小説として稚拙な出来。
C・L・ムーア ヘルズガルド城 7.5 [ウィアード・テールズ 1939年4月]伝説の城に宝を求めるジレルと、そこに住まう不気味な城主。緊迫感のある展開で読ませる。
ヘンリー・カットナー 暗黒の砦 5.0 [ウィアード・テールズ 1939年8月]ヒロイック・ファンタシー定型パターンのような展開だが、今ひとつ盛り上がらない。
フリッツ・ライバー 凄涼の岸 6.5 [アンノウン 1940年11月]何かに導かれるように目的地「凄涼の岸」を目指す主人公たち。暗いイメージは悪くないが、小説としての面白さに乏しい。
ジャック・ヴァンス 天界の眼 3.0 [F&SF 1965年11月]何がなんだかさっぱりわからない。
マイクル・ムアコック 翡翠男の眼 6.5 [Flashing Sword! #2 1973年]今までの境遇がわかっていないと、エルリックの行動が理解できないだろうな。

少し趣向を変えて、ヒロイック・ファンタシーのアンソロジーを取り上げてみました。個人的に、この分野をよく読んでいたのは1970年代半ばのこと。もう45年以上も前のことですね。まずは、当時の思い出を少し書いて見たいと思います。

始まりはハワードのコナン

ヒロイック・ファンタシーといえば、ロバート・E・ハワードのコナンシリーズでしょう。アメリカ本国で人気に火がついたのは1960年代後半。それを契機にこの分野のブームが起こり、コナンはその後、アーノルド・シュワルツェネッガー主演で映画化されるまでのメジャーな存在となりました。

日本におけるコナンシリーズの翻訳は、早川と創元から1970年前半から、ほぼ同時に開始されています。
ハヤカワ版は、シリーズ原典とも言える『Gnome Press』から1950年代に出版されたものをテキストに使用していました。一方、創元版は1960年代後半に、『Lancer Books』から出版されたものをベースにしています。このシリーズは、ハワードのオリジナル作品に、スプレイグ・ディ・キャンプやリン・カーターが模作を追加してコナンの一代記に仕上げたもので、ハワードの作品よりディ・キャンプやカーターが書いたの作品のほうが多いこともあり、その手段を問題視されることも少なくありません。

そのような状況から、日本の場合、ハヤカワ版が支持する層が多かったような気がしますが、コナンシリーズをポピュラーにしたのは、間違いなく『Lancer Books』であり、その存在と貢献を無視することはできません。

わたしは、ハヤカワ版を読んでいましたが、その要因の一つとしてイラストの影響も少なくありません。ハヤカワ版は武部本一郎によるもので、コナンがいささかやさ男すぎる気もしますが、やはり武部画伯の絵は素晴らしい。
一方の創元版は、柳柊二が書いていますが、今ひとつぱっとしません。本家『Lancer Books』がフランク・フラゼッタの表紙絵で読者を魅了していたことを考えると、いささか残念な結果となりました。このバーバリアン(蛮人)こそ本来のコナンのイメージなのかもしれません。


イノベーターとしてのムアコック

ハワードのコナンは、バーバリアン(蛮人)と呼ばれるような肉体に物を言わせるタイプですが、ムアコックの主人公は、そのアンチテーゼとも言える設定です。
例えば、エルリックは虚弱体質のアルビノ(白子)であり、魔剣ストームブリンガーに繰られるように、自らの帝国を滅亡に導いてしまいます。このような主人公の性格設定も非常に現代的であり、この分野のイノベータとして位置付けられるでしょう。

1970年半ば、ムアコックはほとんどが未訳だったので、原書で読んでいました。幸いなことに、横浜の有隣堂にはイギリスの『Mayflower Books』から出ていたムアコックが並んでいたものです。
ムアコックは、その後エルリックシリーズを再編成していますが、この時読んだ「The Stealer of Souls」や「Stormbringer」は、ほぼ発表順に並んでいました。邦訳でいうと、「第03巻 白き狼の宿命」「第05巻 黒き剣の呪い」「第06巻 ストームブリンガー」あたりでしょう。
ムアコックには、当時すっかり入れ込み、10冊ほど読んだうえ、彼が参加していた音楽グループ『ホークウインド』のLPレコードまで買った記憶があります。「Born to Go」なんて、まだメロディが出てくるぞ。

その後、ムアコックは自ら創造した主人公たち(エルリック、コルム、エレコーゼなど)を一つの世界観に統合してしまうような、訳のわからないことをはじめてしまいます。さすがに、そこまではついていけませんでしたね。

ライバーの文章にギブアップ

フリッツ・ライバーのファファード&グレイ・マウザーシリーズも翻訳が出ていなかったので原書で読み出しましたが、わたしの英語力にとって、ライバーの表現はひどく難解でストーリーを取るのに精一杯。楽しい読者には程遠いレベルだったので、短編一作で投げ出してしまった覚えがあります。その後、翻訳が出ましたが、その頃にはこの手の読み物に興味を失っていたので、手に取ることはなかったような気がします。


さて、久しぶりにヒロイック・ファンタシーを読んでみました。ハワードのコナン物も四十数年ぶりにですが、さすがにモノが違います。もう一度全体を読み返したくなりました。
他に印象に残ったのは、ジレル、エルリック、ファファード&グレイ・マウザーというところですが、その当時に翻訳が出ているものばかりなのは、いささか残念です。

このアンソロジーもつい最近買った気がしていたのですが、もう17年も前の発行でした。その後、この手のものは出ていないのでしょうか。

河出文庫 2003年3月10日初版印刷 2003年3月20日初版発行 405ページ 定価850円