密室殺人傑作選 ( H・S・サンテッスン編 )

密室アンソロジーとして出色の出来。どの作品も楽しく読めます。


題名 作者 評点 コメント
ある密室 ジョン・ディクスン・カー 7.0 不可能状態になってしまうという設定は面白いが、解決は今ひとつ。
クリスマスと人形 エラリイ・クイーン 6.0 エラリイ対怪盗コーマス。密室物ではないが、久しぶりにまともなクイーンの短編を読んだ。
世に不可能事なし クレイトン・ロースン 8.0 「天外消失」「この世の外から」と並ぶマーリニ登場の密室物。先の二作には劣るが、宇宙人のギミックが面白く良くできている。
うぶな心が張り裂ける クレイグ・ライス 7.5 トリックは見当がついてしまうが、テンポ良く進むマローン物。
犬のお告げ G・K・チェスタトン 7.0 殺人トリックは面白いが、筋立てがごたついていて分かりづらい。
囚人が友を求めるとき モリス・ハーシュマン 7.0 シリアスな不可能犯罪物の中に、こういう作品が一つあるのも趣向である。ラストには笑ってしまう。
ドゥームトーフの謎 メルヴィル・D・ポースト 7.5 アブナー伯父の一編。有名なトリックだが、時代背景の面白さと描かれる人物像がうまい。
ジョン・ディクスン・カーを読んだ男 W・ブルテン 7.0 再読(再々読かな?)ではオチがわかっているだけに辛い。
長い墜落 エドワード・D・ホック 8.0 不可能設定の凄さは抜群、それだけで価値がある。トリックは単純だが、それも悪くない。
時の網 ミリアム・アレン・ディフォード 6.0 悪魔との契約話。これも一編の清涼剤。
執行猶予 ローレンス・G・ブロックマン 7.0 ハードボイルド風ミステリ。密室トリックは大したものではないが、過去の事件を絡めてうまくまとめている。
たばこの煙の充満する部屋 アンソニイ・バウチャー 5.0 政治抗争の中での事件だが、出来はぱっとしない。
海児魂 ジョセフ・カミングズ 7.5 遭難した船を救助に行った中での殺人事件。舞台が面白いし、少し意外な犯人設定も効いている。
北イタリア物語 トマス・フラナガン 8.5 ボルジア統治時代のイタリアを舞台に宝石盗難事件を描く。舞台設定も筋書きも面白い。

 「密室」のアンソロジーといえば、まず念頭に浮かぶのが本書でしょう。作品のレベルが高いのはもちろんですが、セレクションもバラエティに富んでおり、読者を退屈させません。EQMMを通読してきていることもあり、中心となる作品はほとんど既読ですが、今回はあえて全編読み通してみました。やはりよく出来た作品は再読がきくもので、楽しい読書となりました。
 個別の作品を見ると、やはり巻末のトマス・フラナガン「北イタリア物語」が秀逸。舞台設定、謎の面白さ、ラストで明かされる探偵と三拍子揃った秀作と言えるでしょう。

 なお、原書ではイズレイル・ザングウィル「ビッグ・ボウの殺人」、とHenry Kane「The Narrowing Lust」という長編二作が収録されていますが、ポケミス版では省略されています。 前者は翻訳されていまが、中盤が退屈、最後まで読み通すことが出来ませんでした。 後者は、 私立探偵 Peter Chambers 登場のハードボイルド物。「密室」とは異質のように思われますが、いかがなものでしょうか。時間を見て読んでみたいと思います。

→「The Narrowing Lust(Henry Kane)」


 このアンソロジーには個人的な思い出があります。
この本を新刊で購入したのは、まだ中学生だった1971年(昭和46年)の冬ですが、定価の550円はかなり高価だった記憶があります。当時の文庫本の価格といえば、ほぼ100円台。創元推理文庫から出ていた分厚いクイーンの「ギリシヤ棺の謎」が220円だったような気がしますから、550円といえばその倍以上、購入には相当の覚悟が必要でした。よほど欲しかったのでしょうね。

早川書房 昭和46年11月10日印刷 昭和46年11月15日発行 345ページ 550円

ポケミスに特別なカバーがついているのは、映画化されたものがほとんどなのですが、本書は例外的に畑農照雄によるカバーがかかっていました。