探偵小説復刊ブームと「新青年傑作選」 ( アンソロジー )
「新青年傑作選を読む」をはじめましょう。
復刊ブームの始まり
まずは時代背景から説明しましょう。
1968年(昭和43年)、桃源社が国枝史郎の「神州纐纈城」を復刊したことをきっかけに探偵小説の復刊ブームが起こります。
Wikipediaによれば、
同作は1925年から1926年にかけて『苦楽』に連載されたが未完に終わっており、そのため、春陽堂書店の日本小説文庫から『神州纐纈城 前篇』として部分的に刊行されただけで、国枝史郎の代表作とされながら、それまで完全な形で刊行されたことはなかった。同書は小田富弥による初出時の挿絵を再録した上、真鍋元之の解説、尾崎秀樹の前宣伝を得て発売され、三島由紀夫から激賞を受けるなど好評を博した。
続いて同年12月、小栗虫太郎の『人外魔境』を、都筑道夫による解説をつけて刊行した。1939年から1941年にかけて『新青年』に掲載されたシリーズで、小栗の生前に単行本に再録されたことはあるが、一冊にまとめられたのはこれが初めてであった。
この『神州纐纈城』がきっかけで「怪奇幻想ブーム」が始まったとされているが、八木昇は「結果としてたまたまそうなっただけで、意識的にそういうことを狙って出したわけではありません」
ということですが、これがブームに火をつけたことは間違いありません。
全集刊行の開始
さて、このような復刊の流れは、探偵作家の全集刊行へと向かいます。
1969(昭和44)年には、講談社が江戸川乱歩全集を企画。これは当初、小説のみの12巻予定だったようですが、その後「探偵小説四十年(上)」、「探偵小説四十年(下)」、「幻影城(正・続)」の3巻が追加され、全15巻になりました。
また、三一書房がは夢野久作全集(全7巻)を刊行し、これまた好評だった模様です。
翌1970(昭和45)年には、講談社が横溝正史全集(全10巻)を刊行。横溝の作品はとても10巻で収まりませんので、これは本来は全集ではなく選集ですけどね。三一書房も夢野に続いて、久生十蘭全集(全7巻)を刊行します。
また、朝日新聞社が木々高太郎全集(全6巻)を、河出書房が一人三人(林不忘、牧逸馬、谷譲次)全集(全6巻)を出しています。
1971(昭和46)年、講談社は「山田風太郎全集(全16巻)」、「角田喜久雄全集(全13巻)」を刊行。翌1972(昭和47)年の「現代推理小説体系(全18巻、別巻2巻)」へとつながります。
アンソロジーへの拡大
桃源社の「大ロマンの復活」シリーズや各社の全集で、出るべき作家は出尽くした感があるのですが、立風書房はアンソロジーで参入してます。最初のターゲットは「新青年」でした。
新青年とは
これまた、Wikipediaによれば、
1920年代から1930年代に流行したモダニズムの代表的な雑誌の一つであり、「都会的雑誌」として都市部のインテリ青年層の間で人気を博した。国内外の探偵小説を紹介し、また江戸川乱歩、横溝正史を初めとする多くの探偵小説作家の活躍の場となって、日本の推理小説の歴史上、大きな役割を果たした。また牧逸馬、夢野久作、小栗虫太郎、久生十蘭といった異端作家を生み出した。
とあります。戦後の「宝石」とともに、二大探偵小説雑誌と言ってよいでしょう。この雑誌に掲載された作品から優れたものを抽出し、まとめていこうというわけです。
立風書房版「新青年傑作選(全5巻)」とは…
上記「新青年」から、日本の作品を全3巻、翻訳と読み物を各1巻で編集したものです。
その後、何度か装丁を変えて、刊行されている模様ですが、箱入りなのは初刊だけでしょう。「夢野久作全集」や「久生十蘭全集」も同じような経緯で、再刊されていましたね。
立風書房は、ほぼ同時期に推理小説全体をターゲットにした傑作選を刊行しています。「現代の推理小説(全4巻)」がそれですが、その当時としては最高のアンソロジーだと思っています。
ただ、今となっては題名が問題ですね、「現代」と言っても1970年刊行ですから、今年でちょうど半世紀だ!
このページに、両アンソロジーの総目次がありました。
角川文庫版「新青年傑作選(全5巻)」とは…
さて、「新青年」関係では、1977(昭和52)年に角川文庫が『新青年傑作選集』として、これまた全5巻を出しています。
横溝正史ブームに乗った角川文庫が、異常とも思われる熱意でミステリ作品を出版していた時代の産物です。わたしはこの頃大学生でしたので、よく覚えています。
その現場にいて、金銭的にそれなりの余裕があったにもかかわらず、角川文庫はあまり買っていません。横溝正史、江戸川乱歩、高木彬光から、鮎川哲也、土屋隆夫などが続き、挙句の果ては「新青年」のアンソロジーまで出すとは、「よくやるよ」という、少し覚めた感じで見ていました。
さて、この傑作選集ですが、「立風書房版との重複を出来る限り避けての編集」というのはさすがです。
「新青年傑作選」を読む
上記以外にも、「新青年」に関係するアンソロジーは何冊かあります。これらも対象にして、読んでいきたいと思います。
実は短編集は買うだけ買って、あまり読んでいないのが実情なのです。「EQMMを読む」もそうなのですが、こういう企画をやって、読書のモチベーションを上げようという趣旨です。
(蛇足) 桃源社とゾッキ本
少し話がずれますが、先の「大ロマンの復活」シリーズ、1970年代前半の神保町では、見切り本、いわゆる「ゾッキ本」として、よく見かけました。小栗虫太郎など、棚に平積みになっていたものです。
当時高校生だったわたしには、小栗や国枝はまだ視野に入っていなかったようですが、唯一購入したのが香山滋の「海鰻荘奇談」でした。
1973(昭和48)年の正月購入、確か300円だったと思います。「ソロモンの桃」にパンダが大熊猫として出てくるのが、今でも記憶に残っています。
振り返ってみると、桃源社はゾッキの常連でした。例えば、1970年代後半には都筑道夫の諸作を多数刊行していましたが、これもゾッキに流れていました。今、実家に残っている都筑の本は、ほとんどそれですね。