「新青年傑作選」の傑作選を選ぼう ( 総括「新青年傑作選」を読む )


今年(2020年)の初頭から、「新青年」関係のアンソロジーを読み始めました(その動機については、探偵小説復刊ブームと「新青年傑作選」にまとめております)が、手元にある12冊を読み終えましたので、ここで全体を総括しておきましょう。

読了した「新青年傑作選」は下記の12冊です。

書名 編者 評点 コメント 出版社
新青年傑作選集1 推理編1 犯人よ、お前の名は? 中島河太郎編 5.5 古さを感じる作品が多い中、横溝正史は飛び抜けたレベルだった。 角川文庫
新青年傑作選集2 推理編2 モダン殺人倶楽部 中島河太郎編 6.5 後に名を残す作家の作品は面白い。当たり前か。 角川文庫
新青年傑作選4 翻訳編 監修松本清張 横溝正史 水谷準●責任編集中島河太郎 6.0 良くも悪くも時代を感じさせる作品が多い。 立風書房
爬虫館事件 新青年傑作選 江戸川乱歩 横溝正史 夢野久作ほか 5.0 重複を避けたのだろうが、「落穂ひろい」のような作品が目立つ。 角川ホラー文庫
新青年傑作選1 推理小説編 監修松本清張 横溝正史 水谷準●責任編集中島河太郎 7.5 「新青年傑作選」の名にふさわしい一冊。読み応えのあるアンソロジーである。 立風書房
新青年傑作選2 怪奇・幻想小説編 監修松本清張 横溝正史 水谷準●責任編集中島河太郎 6.0 新青年では、乱歩、正史、虫太郎が飛び抜けたレベルであったことを再認識しました。 立風書房
新青年傑作選3 恐怖・ユーモア小説編 監修松本清張 横溝正史 水谷準●責任編集中島河太郎 6.5 玉石混淆。光る作品もあれば、どうしようもない作品もあり、レベル差の大きい一巻でした。 立風書房
新青年傑作選集3 推理編3 骨まで凍る殺人事件 中島河太郎編 8.0 秀作揃いのラインアップ。予想以上に楽しめました。 角川文庫
新青年傑作選集4 怪奇編 ひとりで夜読むな 中島河太郎編 5.0 低レベルの作品が多くて、盛り上がらない読書となった。 角川文庫
新青年傑作選集5 ユーモア・幻想・冒険編 おお、痛快無比 中島河太郎編 4.0 ああ、意気消沈!! 十蘭以外はつまらない話のオンパレード。 角川文庫
新青年ミステリ倶楽部 幻の探偵小説 中島河太郎編 6.0 一定のレベルの作品を揃えているものの、他のアンソロジーとの重複が多く、いささか物足りない。 青樹社
「新青年」傑作選 幻の探偵雑誌10 ミステリー文学資料館編 4.5 従来のアンソロジーとの重複を避けたセレクションは好感が持てるが、残念ながら残り物に福は少なかった。 光文社文庫

「新青年傑作選」掲載された作品

12冊のアンソロジーに掲載された作品数は182篇にのぼりますが、そのうち17作は重複して掲載されておりますので、作品数の実合計は全165篇となります。

作品の分布

総数 平均 偏差 9.0 8.5 8.0 7.5 7.0 6.5 6.0 5.5 5.0 4.0 3.0 2.0
165 5.75 1.55 1 2 10 16 22 19 23 8 28 18 16 2
% 0.61 1.21 6.06 9.70 13.33 11.52 13.94 4.85 16.97 10.91 9.70 1.21

平均点は、5.75。6点を平均として採点していますので、あまり良い数値ではありません。特に、4.0以下の作品が20%以上ありますので、時代を感じさせる作品、もはや賞味期限を切れた作品が多数存在するということでしょう。殆どが戦前の作品ですから、致し方ないのかもしれません。


「新青年傑作選」の傑作選はこれだ!!

しかし、それでも時代を越えて輝いている作品は、確かに存在しました。

まずは、ベスト3

題名 作者 評点 コメント 掲載 書名
三狂人 大阪圭吉 9.0 舞台設定のうまさ、巧みな論理展開、そしてラストの意外性と三拍子揃った作品。本格短篇ミステリの日本ベスト5に入る傑作である。 昭和11年7月 新青年傑作選1 推理小説編
監獄部屋 羽志主水 8.5 前半で描かれるタコ部屋の悲惨さと、ラストの捻りが見事。 大正15年3月 新青年傑作選3 恐怖・ユーモア小説編
押絵と旅する男 江戸川乱歩 8.5 乱歩の作品、いや日本の幻想小説の中でも指折りの作品である。 昭和4年6月 新青年傑作選2 怪奇・幻想小説編

8.5以上つけた作品がちょうど3篇。すべて再読でしたが、やはり名作というものは、何回読んでも面白いものです。どれも有名な作品ですから、これ以上のコメントは不要でしょう。

続く10作品は..

続いて、8.0の作品がちょうど10篇。8.0点以上をつけた作品は、上の3篇を加え、全部で13篇。全体の7.14%にあたります。

題名 作者 評点 コメント 掲載 書名
空室 マーキー/伴大矩訳 8.0 この謎は圧倒的だ。解決は少し陳腐かもしれないが、それなりに説得力がある。解説によると事実に基づいているらしい。 昭和9年4月 新青年傑作選4 翻訳編
地底獣国 久生十蘭 8.0 地底トンネルのイメージが素晴らしい。 昭和14年8-9月 新青年傑作選集5 ユーモア・幻想・冒険編 おお、痛快無比
聖アレキセイ寺院の惨劇 小栗虫太郎 8.0 エキゾティズムに溢れる舞台を背景に、法水麟太郎先生の論理を聴けるだけで十分だ。メイントリックともども、全くわけがわからないが、そういうものなのである。 昭和8年11月 新青年傑作選1 推理小説編
完全犯罪 小栗虫太郎 8.0 エキゾティズム溢れる舞台設定に目を見張らされる。殺人オルガントリックと中世的な動機もこの作家ならではである。 昭和8年7月 新青年傑作選集3 推理編3 骨まで凍る殺人事件
文学少女 木々高太郎 8.0 戦前の木々の作品は斬新で新鮮な作品が多い。この作品も、主人公の一生が胸を打つ。 昭和11年10月 新青年傑作選3 恐怖・ユーモア小説編
蔵の中 横溝正史 8.0 ディテイルを丁寧に書き込み、盛り上げていく正史の筆力に圧倒される。 昭和10年8月号 新青年傑作選集1 推理編1 犯人よ、お前の名は?
孔雀屏風 横溝正史 8.0 屏風を巡る怪談と、宝探しなど盛りだくさんの趣向で読ませる。横溝には、これを発端にした伝奇長編を書いてほしかった。 昭和15年2月 新青年傑作選3 恐怖・ユーモア小説編
逗子物語 橘外男 8.0 逗子の寂しい墓で出会う少年主従のイメージが印象的だ。 昭和12年8月 爬虫館事件 新青年傑作選
芋虫 江戸川乱歩 8.0 やはり群を抜いたレベルである。 昭和4年1月 新青年傑作選集4 怪奇編 ひとりで夜読むな
三人の日記 竹村猛児 8.0 前半の薬剤師の視点が効いていて、その後の意外な展開と後味の良いラストに感心。 昭和15年5月 「新青年」傑作選 幻の探偵雑誌10

虫太郎、正史がそれぞれ2篇、十蘭、高太郎、乱歩、外男と有名どころが並んでしまいました。まあ、世評の高い作家の代表作が選ばれているのですから、当然と言えば当然でしょうか。

残りの2篇、翻訳物の「空室」と「三人の日記」がいささか場違いの感もありますが、前者はコメントにもありますが、謎の設定に非常に感心しました。後者は、最後に読んだ『「新青年」傑作選 幻の探偵雑誌10』が、あまりにつまらない作品ばっかりだったせいでしょう。ちょっと読ませる出来だったこの作品への評価が、いささか高くなりすぎたきらいがあります(笑)。

重複して選ばれた作品

12冊のアンソロジーに、重複して採用された作品は、下記の17篇です。

『せんとらる地球市建設記録』星田三平
『三人の双生児』海野十三
『人の顔』夢野久作
『可哀想な姉』渡辺温
『月世界の女』高木彬光
『本牧のヴィナス』妹尾アキ夫
『本牧のヴィナス』妹尾アキ夫
『柘榴病』瀬下耽
『柘榴病』瀬下耽
『水色の目の女』地味井平造
『監獄部屋』羽志主水
『精神分析』水上呂理
『蜘蛛』米田三星
『赤いペンキを買った女』葛山二郎
『逗子物語』橘外男
『陰獣』江戸川乱歩
『黒い手帳』久生十蘭

『本牧のヴィナス』と『柘榴病』が二重に出てくるのは、この2篇、3冊で採用されているからです。ダブリではなく、トリプっているということですね。それほどの名作とは思えませんけど。


「新青年傑作選」に登場した作家たち

作家数は、総計で87名。掲載作品の多い順に、2篇以上掲載された作家を挙げておきます。

大下宇陀児 : 7
海野十三 : 5
横溝正史 : 5
角田喜久雄 : 5
江戸川乱歩 : 5
水谷準 : 5
渡辺啓助 : 5
甲賀三郎 : 5
木々高太郎 : 5
夢野久作 : 4
カミ/平林初之輔訳 : 4
城昌幸 : 4
小栗虫太郎 : 4
久生十蘭 : 3
渡辺温 : 3
浜尾四郎 : 3
平林初之輔 : 3
三橋一夫 : 3
葛山二郎 : 3
久山秀子 : 2
山本周五郎 : 2
大阪圭吉 : 2
地味井平造 : 2
小酒井不木 : 2
徳川夢声 : 2
橋本五郎 : 2
稲垣足穂 : 2
高木彬光 : 2
守友恒 : 2
羽志主水 : 2
瀬下耽 : 2
妹尾アキ夫 : 2
星田三平 : 2
橘外男 : 2
ルヴェル/田中早苗訳 : 2

大下宇陀児の7篇が最多です。戦前の有名作家で多作だったから、ある意味当然なのかもしれませんが、この作家、個人的に全く面白くない。アンソロジーに出てくるとうんざりします。
後は順当なところでしょう。大阪圭吉が2篇にすぎないなのはいささか肯けませんが、この作家の正当な評価は1990年以降でしたね。最近では、英訳まで出ているのだから凄い。


最後に

ミステリー文学資料編から『江戸川乱歩と13人の新青年』という題名のアンソロジー2冊出ているようですが、掲載作品を見ると重複も多く、あえて読む気にはなりません。
というわけで、これにて『「新青年傑作選」を読む』は終了とします。次は、『宝石傑作選』でも読み始めましょうか。