死者は語らず 宝石傑作集1・本格推理編 ( 中島河太郎編 )

読ませる作品揃いで、楽しい時間を過ごせました。


題名 作者 評点 コメント
五つの時計 鮎川哲也 6.5 [宝石 昭和32年8月]アリバイ崩しは意外性がないのが致命的。どんなに考えられたトリックでも、一定以上の評価は出来ない。
風の便り 竹村直伸 8.0 [別冊宝石 昭和33年3月]娘に届いた夫からの手紙に当惑した女性は、隣人に相談を持ちかけるが…。ラストは検討はつくもののうまくまとめている。
泥まみれ 島田一男 7.5 [宝石 昭和33年3月]弟の心中事件に疑問を抱く兄は、現場に出向く。さすがの出来である。
E・Pマシン 佐野洋 7.5 [宝石 昭和35年3月]難事件解決マシンという設定が妙におかしくて楽しい。犯人の設定は予想できるが。
吸血鬼考 渡辺啓助 5.0 [宝石 昭和32年7月]せっかくの良い題材なのに、話の焦点がボケてしまっている。
臨時停留所 戸板康二 5.5 [宝石 昭和37年12月]不思議な事象に、適当な事件をくっつけたという印象しかない。
消えた家 日影丈吉 6.0 [別冊宝石 昭和38年12月]台湾の描写は興味深いが、トリックはつまらない。
おたね 仁木悦子 7.0 [宝石 昭和35年4月]暗いテーマなのだが、それを感じさせない作者の筆調とラストのフレーズが良い。
毛唐の死 佃実夫 7.0 [宝石 昭和34年12月]実際の事件をベースにしたものらしい。再三に渡る糞の話などあまり趣味は良くないが。
  • 読み出す前に、角川文庫版の「宝石傑作選集」の作品リストで初出を見ていたのですが、昭和32年以降の作品がほとんどであることに気が付きました。作品のレベルを優先すると、自ずから、こういうセレクションになってしまうのでしょうか。
  • この点について、編者の中島河太郎は
    『ここでは回顧的に作品を並べるより、現在の視点に立って選ぶことにしたので、おのずと三十年代に傾いた。しかもほとんどが乱歩氏出馬以後の作品であることも、推理小説界の潮流が大きく動いたと見てよい。』
    と述べています。乱歩氏出馬というのは、先の探偵雑誌「宝石」とその傑作選(アンソロジー)で述べたように、乱歩が私費を投じて「宝石」の編集に乗り出したことを指しています。
  • また、中島河太郎は、雑誌「宝石」を取り巻く環境の変化にも触れ、
    『三十年代になると仁木悦子、松本清張両氏の出現によって、文壇地図が塗り変えられ、顔触れがほとんど変ってしまった。トリックよりもアイデアに傾いて、まず読ませる作品でなければ通用しなくなった。懸賞候補作品を活字にして作家扱いにした弊が、読者の支持を得られなくした最大の要因であった。』
    としています。
  • 先に読んだ「いんなあとりっぷ」の宝石推理小説傑作選1が今一つの内容だったのも、このような背景を考えると頷けますね。

角川文庫 昭和五十三年十ニ月二十日 初版発行 339ページ 340円