現代の推理小説(第3巻) ロマン派の饗宴 ( 編集委員 松本清張 平野謙 中島河太郎 )

まさしく「ロマン派の饗宴」という惹句がふさわしい一巻であった。


題名 作者 評点 コメント
海鰻荘奇談 香山滋 9.0 [昭和22年5月宝石]作品全体にエキゾティズム溢れるなかでの緊張感ある心理戦、そして異様な生物による復讐と逆襲、傑作である。
西瓜畑の物語作者 火野葦平 7.0 [昭和23年12月宝石]夜の西瓜畑にやってくる馬車の幻想的な雰囲気が良い。
湯河原奇遊 三橋一夫 5.5 [昭和24年3月新青年]特に捻りもない平凡な展開。
くびられた隠者 朝山蜻一 4.0 [昭和24年12月別冊宝石]つまらんマゾ物。
リラの香のする手紙 妹尾アキ夫 6.5 [昭和27年8月宝石]フィニイを思わす幻想談だが、今ひとつ。ストランド誌にまつわる楽屋話は面白い。
奇妙な夫婦 島田一男 6.0 [昭和29年4月小説公園]状況から妻殺しのように思われたが、男は冤罪を抗弁する。結末があまり効いていない。
波の音 城昌幸 6.0 [昭和30年4月宝石]海辺の田舎町の雰囲気は悪くない。
散歩する霊柩車 樹下太郎 8.0 [昭和34年12月宝石]日本代表ミステリー選集03 殺しこそわが人生で読了。
奇妙なさすらい 多岐川恭 6.5 [昭和35年2月オール読物]ヒモ同然の作家は不思議な浮浪者に惹かれていく。大した話ではないが、後味が良く救われる。
女と子供 藤木靖子 7.5 [昭和35年2月宝石]子供の転落死を巡る確執から意外な結末まで、うまく構成されている。
真夜中の檻 平井呈一 8.0 [昭和35年12月浪速書房]田舎の旧家に文献調査におもむいた学生は、そこで謎めいた未亡人に出会う。予想通りに進むストーリーだが、迫力のある展開で読ませる。
蟻塚 川辺豊三 7.0 [昭和36年2月宝石]薬屋一家との縁談に迷う女性の行動が頼もしい。ラストも悪くない。
葬式紳士 結城昌治 6.5 [昭和36年9月宝石]筋書きは読めるが、アイデアは面白い。
上流階級 星新一 5.5 [昭和37年3月週刊新潮別冊]平凡な話で新味に乏しい。
銀座心中 笹沢佐保 8.0 [昭和38年7月小説中央公論]虚無的で暗いムードは笹沢ならではである。余韻を残すラストも悪くない。
  • この作品集のトップを飾る香山滋の「海鰻荘奇談」は、何回読んでも傑作だと思います。ただ、この作家の三一書房全集を少し読んでみたら、とても商業作品とは思えないひどい作品ばかりで唖然とした記憶があります。
    結局、桃源社(あるいは同一ラインアップの講談社大衆文学館)版の作品集「海鰻荘奇談」一巻を読めば、全体像を俯瞰できる作家と言い切るのは乱暴でしょうか。
  • 平井呈一の中編「真夜中の檻」が収録されているのも、この巻の大きなセールスポイントです。怪異物の王道とも言える展開ですが、読ませる作品です。少々長めの作品を選択した編者には頭の下がるところ。
現在では、創元推理文庫で復刊されていますので、この機会に収録されているもう一つの創作である「エイプリル・フール」を読んでみました。こちらは「真夜中の檻」とは打って変わってモダンな作品で、ドッペルゲンガーを主題にしています。作品全体のムードは平井呈一の作風とは思えない明るいものですが、主人公が義理の姉の分身を喫茶店で見るシーンなど、ゾッとさせるものがあり、儚さを感じるラストともども良い作品だと思います。

さて、この創元の作品集、創作以外に平井呈一が創元社の全集などに書いた解説文を収めているうえ、序文は荒俣宏、解説が紀田順一郎、さらに東雅夫は「Lonely Writers 平井呈一とその時代」というかなり長文の文章を書いているという、まさに怪奇小説界のオールスターという贅沢な構成になっています。
さらに、平井呈一の訳書一覧から、「真夜中の檻」初刊本の江戸川乱歩の序文、中島河太郎の跛文までが載っているという、至れり尽くせりの構成で、ファンには見逃せない一冊と言えるでしょう。(東京創元社 2000年9月14日初版 427ページ 800円)

1971年1月10日初版印刷 1971年1月20日初版発行 342ページ 780円