現代推理小説体系 第18巻 ( 現代作品集 )

昭和40年代前半の名作集。楽しく読めました。


題名 作者 評点 コメント
羊歯行 石沢英太郎 7.5 [推理ストーリー 昭和四十一年八月]羊歯収集という題材をベースにしたのは良いアイデアなのだが、事件の展開が平凡なのが残念。
最後に笑うもの 大谷羊太郎 7.0 [推理 昭和四十六年十月]一千万強奪を巡るばかしあいだが、ラストに切れがないのが惜しい。
臭教 斉藤栄 8.0 [推理ストーリー 昭和四十年六月]ゴミが反乱したパニック状態の中、臭教と名乗る宗教団体が台頭していくというアイデアが良い。こんな作品を書ける作家とは知りませんでした。
壺の中 西東登 6.5 [小説現代 昭和四十四年十一月]壺を大量に買い付けた男の目的は。事件は戦前の中国となるのだが、いささか飛躍している。
地図にない沼 佐賀潜 6.5 [小説宝石 四十四年三月]日本代表ミステリー選集08 殺意を秘めた天使で読了済。
六字の遺書 佐賀潜 6.0 [別冊小説現代 昭和四十三年十月]会社倒産にまつわる隠し金騒動。平凡な出来。
天国は近きにあり 高橋泰邦 7.5 [推理界 昭和四十二年八月]沈没寸前の船上に残された人間のサバイバルゲーム。ストーリー展開も良くできている。
断崖からの声 夏樹静子 6.0 [小説現代 昭和四十四年十二月]旧友の彫刻家の妻に惹かれる雑誌編集者。ストーリーは先が読めてしまう。
南神威島 西村京太郎 8.0 [大衆文芸 昭和四十四年十一月]島に赴任した医者は、自ら伝染病を持ち込んでしまう。血清の配分に苦悩する彼だったが...。よくできている。
黄色の輪 藤村正太 5.0 [別冊宝石 昭和二十四年十二月]ミステリーの愉しみで読了済。

アンソロジーですが、冒頭に長編が一篇収録されていますので、別に紹介しておきましょう。

殺意という名の家畜(河野典生) 宝石 昭和三十八年六月〜八月

河野典生の代表作で、昭和三十九年の「日本推理作家協会賞」の受賞作です。

作家の岡田は、かつて関係のあった星村美智という娘から会って欲しいと頼まれるが、多忙を理由にその依頼を拒絶してしまう。しかし、数日後、美智を探している男から話を聞いた岡田は、自ら彼女の探索に乗り出すことを決意する。

という冒頭はいかにもハードボイルド。教科書通り、いわゆる「女を探せ」パターンですね。

ただ、悪くないのはここまで。中盤からの展開が盛り上がりません。
過去の事件が絡んでくるのは、これまたよくあるパターンですが、その解決に至るプロセスに面白みがありません。何しろ、地元の有志を紳士録から抜き出し、その息子が関係しているのだろうと勝手に推測するだけ、というのが解決に至る展開というのですから、これは情けない。
作者は「現代においては、正統ハードボイルドと呼ばれる形式が、探偵小説としての当然の帰結であり、むしろ探偵小説の最後の砦ではないかと、思っているものの一人だから、その形式にはっきりとアプローチを試みた作品」としているので、ミステリとしてのあり方も意識しているのでしょうが、これではどうしようもありません。また、この手の作品は、その当時の時代、風俗に寄りかかっている部分が少なくないので、古臭くなっていることも否めず、残念ながら賞味期限切れです。
ただ、この作家、題名のセンスだけはいいですね。そこだけはまだ古びていません。


以降は、昭和40年代の短編集となっています。

  • どれも面白く読めましたが、特筆すべきは、斉藤栄の「臭教」です。斉藤は生真面目な作風で、あまり面白みのない作家というイメージがあったのですが、この作品には驚きました。途中のハチャメチャな展開は、初期の筒井康隆を思わせ、なかなかお見事。ラストはミステリー作家らしく生真面目にまとめていますが、そのまま突っ走ってしまってほしいと思わせる作品でした。

  • 西村京太郎の「南神威島」は再読ですが、それでも印象に残る作品でした。西村はこの作品を私家版で出したとのこと。作家としての何らかの覚悟があったのかもしれません。これ以後、「名探偵なんて怖くない」、「殺しの双曲線」などの名作を続々と発表、昭和50年以降は鉄道物で一気にメジャーな作家となっていくわけです。

  • 藤村正太が川島郁夫名義で書いた「黄色の輪」だけが昭和20年代の作品。なんでこれだけ選ばれたのかはよくわかりませんが、乱歩賞作家は入れておきたかったのでしょうね。講談社の全集ですから。

  • 巻末のエッセイは、西村京太郎「名探偵は照れくさい?」。
    月報の犯人当て小説は、大谷羊太郎「卓上の吸い殻」。解答編第十七回は石沢英太郎「アリバイ不成立」、権田萬治がエッセイ「夢の世界から日常的現実へ(下)」を書いています。

講談社 昭和48年8月8日 第1刷発行 414ページ 850円