割れる ( 陳舜臣 )


陳舜臣は「阿片戦争」など中国を舞台にした歴史小説で名高い作家ですが、そのスタートは「枯草の根」(1961)で江戸川乱歩賞を受賞したところから始まります。
本書「割れる」は、「三色の家」(1962)、「弓の部屋」(1962)に続く陶展文物の第4作目にあたる初期ミステリ作品。早川書房「日本ミステリ・シリーズ」の第九巻として書下ろし刊行されています。

この作品について、作者は「あとがき」で、

これは、たのしく書けた作品である。
この秋はさわやかで、私のからだの調子もよかった。故障といえば、ただ指のさきがすこし荒れたぐらいである。(中略)
原稿用紙にむかうと、指の荒れもたいして気にならず、仕事は順調にすすんだ。早川書房の小泉太郎氏が痔で入院したときいたときでさえ、私はけっしてシメタとは思わなかった。そして、やさしい心のこもった見舞状を出したのである。この好意にたいして、彼が手紙で、約束の期日までに書きあげないと痔をうつすぞと脅迫してきたのは、まさに遺憾のきわみと言わねばなるまい。それでも私は、彼が病院生活で気がたかぶったのだろうと、同情こそすれ、とがめ立てする気にはならなかった。

とユーモアたっぷりに語っています。しかし、もし「痔がうつる」としたらコロナなんかより数段恐ろしいよなあ(笑)。


それでは、ストーリーを見ていきましょう。

お話は、中国人女性、林宝媛が香港から神戸にやってきたところから始まります。

彼女は現地採用のタイピストだが、独力で日本語を勉強し、こつこつ貯金をしたうえ日本にやってきたのだった。その目的は、5年ほど前に日本で行方不明になっている兄、林東策の消息を追うことなのだと言う。15歳も年上の兄は秀才のほまれ高く、公費留学生としてアメリカに渡ったほどであった。しかし、彼は学問半ばで挫折し、その後は商人に転身したと言う。実家には二回ほど多額の送金があったほどだから、それなりに成功はしていたらしい。ところが、その後、彼は消息不明となってしまう。その兄の行方を捜索すること、それが彼女が日本にきた目的であった。
そんなある日、とあるホテルで林東策と思われる人物が宿泊した部屋で、死体が発見される。林東策の姿はなく、彼はこの事件の重要参考人として、警察に追われることになってしまう。


読了してみると..。

中盤の展開がいささか退屈なのが、大きな問題でしょう。警察、陶展文、新聞記者、事件の関係者、様々な人物の行動から事件の背景が語られるのですが、どうも視点が定まらず、冗漫な感じで緊張感が持続しません。さらに、そのようなストーリー展開から、終盤に陶展文が犯人を指摘するわけですが、「こいつ、誰だったけなあ」といった感じで、何の意外性もありません。

ここで終わってしまうと、単なる凡作にすぎないのですが、作者はラストにちょっとした趣向を用意していました。なるほど、いくつか伏線を引いていますね。悪くありませんが、少しくどいところもあって、カンの良い読者なら見当がついてしまうでしょう。

早川書房 昭和37年12月20日印刷 昭和37年12月31日発行 262ページ 330円