変人島風物誌 ( 多岐川恭 )

本格物としては今ひとつの感があるが、舞台設定と人物像が面白い。


 今回は多岐川恭の「変人島風物誌」を読んでみます。この作品は昭和36年に桃源社より「書き下ろし推理小説全集・第二期」の一冊として書き下ろされたもので、この作者にしては珍しい本格ミステリです。


こんな話

 舞台は「変人島」と呼ばれる小島。その由来は島に住む住人が変わり者だからとのこと。その代表が地主の狩谷初太郎。彼は徹底的にケチ、業つくばりの男なので住民から嫌われている。今回も地料を200円から2000円に上げるという、常識では考えられないゴリ押しをしていた。その一方で彼は妻を溺愛し、哲学書を読むという不思議な側面もあるようであった。
ここには、一時は売れっ子だったが、このところは変な絵ばかり書いている洋画家、ベストセラー作家だったが2作発表後全く書けなくなった作家、指が動かなくなって引きあげてきた天才ピアニストとその母、元ヤクザの親分足の不自由な少年とその看護に当たる女性、など変人が揃っていたのである。

 そんな状況下、地主の狩谷初太郎が頭を撃ち抜かれて発見される。現場は密室状態だったので、事件は自殺と見なされた。しかし、島の巡査である近藤と、小説家に弟子入りしている塚本は殺人の可能性を捨てきれず、独自の調査を始めるのであった。
 その半年後、今度は変人の一人、洋画家が撲殺されてしまう。さらに、作家の家から出火、彼の死体が見つかるが、これは明らかに殺人であった。事件は連続殺人の様相を呈したのである。


読み終えると

 この作品は小説家の弟子「塚本」の一人称なのですが、「です・ます調」で書かれているのが大きな特徴でしょう。調子者の塚本視点で描かれる住人たちとのやり取りが非常に面白く、それぞれの人物像が印象的に描かれています。このあたりは、「さすが多岐川恭」、うまいものです。
 一方、本格ミステリと見るとすこしアラが目立ちます。「密室トリック」は大した物でないうえ必然性があるわけでなく、作中に無理に入れ込む必要もなかった気がします。少し「本格物」を意識しすぎたのでしょう。
3番めの殺人には「足跡トリック」とでも言うべきものもあるのですが、これはもう少し全面に謎を出しておいたほうが良かった。読者はそれほど賢くないので、もっと大胆になるべきでした。臆病になりすぎたようです。
また、動機が男女関係というのも生臭すぎて、こちらは「本格物」にフィットしないような気がします。多岐川恭の作品にありがちな設定ですが、「本格物」を強く意識するのであれば、ここは少し違う形にしたほうがしたほうがスッキリしたでしょう。
 それでも、舞台設定と登場人物の描きわけの旨さなどを含め、十分佳作と評価できると思います。今回は再読なのですが、すっかり筋を忘れていたせいもあって、楽しく読めました。


桃源社の全集について

 桃源社の「書き下ろし推理小説全集」ですが、今回は第二期、第一期は、

江戸川乱歩「ぺてん師と空気男」  
大下宇陀児「悪人志願」  
日影丈吉「真赤な子犬」  
高木彬光「断層」  
鮎川哲也「白の恐怖」  
城昌幸「死者の殺人」  
渡辺啓助「海底結婚式」  
香山滋「霊魂は訴える」  
木々高太郎「熊笹にかくれて」  
仁木悦子「殺人配線図」  
島田一男「去来氏曰く」  

のように戦前の作家を含んでいましたが、第二期は清張以降の新しい世代をターゲットにしているようです。この巻にルーズリーフが挟んでありましたので、紹介します。

題名も仮題が多いようで、下記は作品名が変更されました。

水上勉「穿」->「蜘蛛の村にて」 これは現物未確認、資料よりの推定。  
結城昌治「もういいかい」->「隠花植物」  
土屋隆夫「炎の証言」->「危険な童話」  
大藪春彦「死を驕るなかれ」->「獣を見る目で俺を見るな」  

桃源社 昭和36年1月25日発行 266ページ 280円