悪魔とベン・フランクリン、名探偵群像 ( シオドア・マシスン )
シオドア・マシスン(Theodore Mathieson)は、「歴史上の偉人が名探偵として推理するミステリ」の作者として知られています。1960年代に、長編一作と十数編の短編を発表しているようです。今回は、これらの作品を見ていきましょう。
悪魔とベン・フランクリン(1961) HPB720 永井淳訳
この作品は、シリーズ唯一の長編で、主人公はベン・フランクリン。
Wikipediaによれば、
ベンジャミン・フランクリン(英語: Benjamin Franklin, グレゴリオ暦1706年1月17日<ユリウス暦1705年1月6日> - 1790年4月17日)は、アメリカ合衆国の政治家、外交官、著述家、物理学者、気象学者。印刷業で成功を収めた後、政界に進出しアメリカ独立に多大な貢献をした。また、凧を用いた実験で、雷が電気であることを明らかにしたことでも知られている。
上記でも言及されている凧を用いた実験は、日本でも有名ですね。
さて、この作品の舞台は1734年のフィラデルフィア。
27歳のフランクリンが印刷業を営みながら、「ガゼット」という新聞を発行している時代です。
ある日、フランクリンは新聞の社説で、街の大立物コリン・マグナスの家庭での暴虐ぶりを激しく非難した。マグナスは街の権力者であると同時に、超自然的な魔力を持つと恐れられている人物。過去に彼と対立した人々は、不慮の事故に会うなど不幸な最後を遂げていた。
社説に激怒したマグナスは、すぐさまフランクリンのもとを訪れ、呪いの言葉を残して立ち去る。軽視していたフランクリンだが、その直後、彼の使用人トマスが行方不明になり、その甥までが殺されるという事件が起きる。しかも、その現場には、悪魔の印とされる蹄の跡が残されていたのだった。住民は、早速これをマグナスの呪いと喧伝した。
しかし、なんとそのマグナス本人までが自宅で刺殺されてしまうのである。
一連の騒動で街の秩序は徐々に崩れていく。事態を重く見た市長は、一ヶ月で状況が良くならないようならば、フランクリンに街を出ていくよう強要する。フランクリンは、自らを公認調査官とすることを条件に、その条件を承諾することとなる。
ここまでで、110ページ。良いペースで進みます。
調査を進めるフランクリンの前にいくつかの事実が明らかになっていく。どうやら一連の殺人は、過去の事件に関係があるようなのだ。その事件で逃亡した犯人は、現在フランクリンの主催する同志会の会員として潜り込んでいるらしい。
一方、フランクリンを「悪魔の手先」と糾弾するメンバーは住民を扇動し、フランクリン殺害を目論む。会員の協力を得て窮地を脱したフランクリンは、広場で集会を開催し、その場で真犯人を指摘すると宣言するのだった..
読み終わってみると..
この作品の良いところは、なんと言ってもリーダビリティが高いことです。ポケミスにしては少し長めの270ページある長編ですが、一気に読めます。正義感溢れるフランクリンの人物像は好感が持てますし、18世紀当時のキリスト教的価値観もよく伝わってきます。
しかしながら、まわりの人物像はいささか類型的で、それぞれの特徴が際立ってきません。また、魅力的な女性が出てこない点も、物語の潤いをなくしているように思います。フランクリンを糾弾する敵役も、今ひとつ迫力がありません。そのせいもあって、後半の活劇に盛り上がりを欠く結果となってしまいました。ディクスン・カーの時代物ファンの眼から見ると、このあたりはいささか物足りません。
ミステリ的な視点でこの作品を見ると、過去を隠した殺人犯の設定は、いささか無理があるでしょう。動機にも苦しい点がありますが、眼をつぶりましょう。
とにかく、楽しく読める作品であることは間違いありませんので、時代ミステリファンには一読をお薦めします。
早川書房 昭和37年8月25日印刷 昭和37年8月31日発行 270ページ 定価270円
名探偵群像(1960) 創元推理文庫 吉田誠一訳
巻頭に、エラリー・クイーンが序文を寄せており、このシリーズの成り立ちを説明しています。
親愛なる読者諸氏
そもそもの始まりは一九五八年四月のことです。シオドー・マシスンは「名探偵クック艦長」
と題する短編をヘエラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン〉に寄稿され、追いかけるようにして一通の手紙を寄せられました。それには、かつてなんぴとも企て得なかったような野心的著作計画のあらましが記されていました。
マシスン氏は、「歴史上の有名な人物がそれぞれの危機に際して、一生に一度だけ名探偵とし て活躍する」短編小説シリーズを書いてみたいと言ってきたのです。
日本版EQMMでも、このシリーズは順次翻訳されており、1962年の78号までに11篇が紹介されています。このような経緯から行って、ポケミスの一冊として出て然るべき一冊なのですが、なぜか単行本は、創元推理文庫から出版されました。「日本版翻訳権所有 東京創元社」とありますが、訳者はEQMMと同じ吉田誠一、訳文も多分同一でしょう。このあたりはよくわかりません。
なお、作品は短編集にまとめるにあたって、名探偵の時代順に並べ替えられているようです。
収録 | 題名 | EQMM号数 | 評点 | コメント |
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○ | 名探偵アレクサンダー大王 | 1960-07-049 | 8.0 | 舞台設定で確実に読ませるシリーズだが、今回は謎解きも面白い。 |
○ | 名探偵ウマル・ハイヤーム | 1961-04-058 | 7.5 | 相変わらず楽しいシリーズ。今回は不可能犯罪。設定は面白いが、解決はなんとか辻褄を合わせたという感じ。 |
○ | 名探偵レオナルド・ダ・ヴィンチ | 1959-11-041 | 6.0 | 雰囲気はいいのだが、トリックがイメージできない。 |
○ | 名探偵エルナンド・コルテス | 1960-04-046 | 6.0 | 相変わらず舞台設定は面白いが、ミステリとしてはつまらない。 |
○ | 名探偵ドン・ミゲール・デ・セルバンテス | 1961-01-055 | 7.0 | 謎は小粒だが楽しく読めるシリーズ。 |
○ | 名探偵ダニエル・デフォー | 1960-02-044 | 7.0 | 歴史上の実在人物を探偵にしたシリーズ物。いつも謎が弱いのだが、今回は犯人の動機がちょっと面白い。 |
○ | 名探偵クック艦長 | 1959-06-036 | 6.5 | 設定が面白いことは認めるが、ミステリとしては今ひとつ。 |
○ | 名探偵ダニエル・ブーン | 1961-05-059 | 6.0 | 同上。2編続けて読むと、新鮮味にかける。 |
○ | 名探偵スタンレーとリヴィングストン | 1961-05-059 | 6.5 | 毎回凝った舞台設定が楽しい。今回はミステリ的にはすっきりしない。 |
○ | 名探偵、フローレンス・ナイチンゲール | 1961-03-057 | 8.0 | 毎回楽しく読めるシリーズ物だが、今回は犯人設定などミステリとしても優れている。 |
名探偵アレクサンドル・デュマ | 1962-07-073 | 8.0 | モンテ・クリスト伯にちなんだ仮装パーティでの殺人に、狂人の汚名と自らの容疑を晴らすべくデュマが立ち向かう。犯人の動機が今ひとつだが、ストーリー展開が面白い。 |
このシリーズ、どれも標準以上の出来栄えで、失望する作品がまったくないと言えるレベルです。60年代前半で終了してしまったのは、本当に残念としか言えません。
幸いなことに、最近創元推理文庫で復刊されたようなので、「読んで損はない本格ミステリ集」として、推薦しておきます。
創元推理文庫 1961年6月23日初版 1976年3月12日11版 278ページ 定価260円