放浪処女事件、落着かぬ赤毛 ( E・S・ガードナー )

ポケミスで最も紹介されている作家


ガードナーは、ポケミスのなかで最も紹介されている作家で、フェア名義を入れると130冊近い作品が翻訳されています。いまさらながらではありますが、今回はガードナーのペリー・メイスン物を2冊取り上げてみましょう。


放浪処女事件(1948) HPB128 中田耕治訳


「放浪処女事件」はなぜこんなに早く紹介されたのだろう

ポケミスにおけるガードナーの作品ラインアップを見ると、NO.124が「奇妙な花嫁」、それに続くNO.128が「放浪処女事件」なのです。これに続き、処女作「ビロードの爪」(NO.140)、「義眼殺人事件」(NO.147)と作品が並びます。次は、NO.172の「殴られたブロンド」で少し番号が飛んでいますから、ガードナーの初期紹介作品は、この4作品ということになります。
他の3作は、戦前の作品であると同時に、比較的世評の高い作品ですから、その選択には納得がいきますが、「放浪処女事件」は1948年の作品。なぜ、「これが選ばれたのか」とかねてより不思議に思っていました。「単に本が入手できた、翻訳権が取れた」なんてつまらない理由なのかもしれませんけど。

そんなわけで、まずは「放浪処女事件」から読んでみましょう。


こんな話

百貨店経営者のアディスンが、ヒッチハイクする若い娘を拾うところから話は始まります。

彼はこの娘が気に入ってしまい、泊まるところがないという娘に、ホテルまで紹介するなど世話を焼いたのだった。ところが、その娘がその後警察に「浮浪罪(Vagrant)」で捕まったことを知り、憤懣やるかたないアディスンは、早々にメイスンに電話、釈放させろと依頼する。

ちなみにヒッチハイクですが、この本では「道路拾い乗り」と訳されております(笑)。昭和29年刊行じゃあ、しかたないかあ。

警察に出向いたメイスンは、娘を釈放させるが、この一連の騒動がどこからか漏れてしまったようで、アディスンは娘との関わりを新聞に暴くと脅されてしまう。報告を受けたメイスンは、恐喝者をちょっとしたペテンにかけて警察に逮捕させてしまうのだが、これでいささか窮地にも追い込まれてしまう。
このあたりのストーリー展開は、さすがガードナー、うまいものです。

一方、その騒ぎの中で、アディスンと対立している共同経営者の死体が発見される。しかも凶器に使われた拳銃は彼のものであり、ヒッチハイクの娘を拾った場所が殺人現場と近接していたこともあって、アディスンは殺人容疑者として逮捕されてしまうのだった。


法廷シーンの威力を痛感

この作品、140ページまではいささか展開がゆるく、メイスン物にしてはページが進みません。また、翻訳もまだ人物像が定まっていないこともあって致し方ないのですが、メイスンが、警察のトラッグ警部(本書ではトラグとなっている)やホーカム刑事(同ホルコム)に対し、やたら丁寧な話し方をすることなど、色々違和感があり、どうも乗りきれませんでした。

ところが、残り100ページあたりで法廷シーンが始まり、ここから話は一気に盛り上がります。今更ではありますが、ガードナー成功の一つが「法廷シーン」であることは間違いありませんね。

さて、ミステリとしてみると、この犯人設定は動機が推測できない点などいささか無理はありますが、それなりの意外性もあって楽しめます。それ以上に面白いのは、メイスンが恐喝事件の真相を法廷で暴くところで、迫力十分の展開であり、こちらはさらなる意外性があります。

「とてつもない傑作はないが、どれも標準作以上」というのがガードナーの特徴ですが、この作品もそれを裏切りません。


刊行順の謎

解説は江戸川乱歩。「放浪処女事件」紹介の経緯でも説明してくれるかと思いきや、
『本書はこの叢書で三回目のガードナーの訳である。第一回は昭和二十九年二月に出た「義眼殺人事件」第二回 は同年五月に出た「奇妙な花嫁」であったが、前者にガードナーの略伝と諸家の評を、後者に彼の著書目録を記したので、ここにはガードナーについては別段書くこともない。』
と、つれない(笑)。

ところで、乱歩の紹介どおりだとすると、ポケミスのガードナーは「義眼殺人事件」(NO.147)、「奇妙な花嫁」(NO.124)という順に出たということになりますので、番号順に出版されたわけではなさそうです。想像ですが、「訳出する予定の作品には事前に番号をふっておき、出来たものから出版していった」、初期の作品はそんな感じだったのでしょうか。

早川書房 昭和29年7月30日印刷発行 246ページ 定価170円
作者名は、スタンリー・ガードナーとなっております。


落着かぬ赤毛(1954) HPB339 尾坂力訳


私は特別なガードナーファンというわけではありませんので、あまりえらそうなことは言えませんが、かねてより「ガードナーの最も良い時期は1950年代」ではないかと思っています。
そんなわけで、2冊めは50年台の作品を取り上げてみます。未読と思われる「落着かぬ赤毛」にしました。これが未読かどうか、いささか疑わしいのですが、まあガードナーの場合、すぐ内容を忘れてしまうので、既読でも未読でも同じことです(笑)。


こんな話

話はペリー・メイスンが所用で、ある判事に会いに行くシーンから始まります。

少し早めに着いたメイスンは、そこで開廷中の裁判を覗くと、若手弁護士が海千山千の証人に悪戦苦闘している現場に遭遇する。被告人は赤毛の女性、イブリン・バグビーというウェイトレスで、ある女性の宝石を盗んだという容疑がかかっているようだ。その証人は、窃盗現場でイブリンを見たと証言するのだが、どうも胡散臭い。
見かねたメイスンは、休廷の合間に若手弁護士に「どんな質問でもいい。浴びせ続けることだ。」とレクチャー、それが功を奏したのか、見事に無罪を勝ち取ることとなった。

翌日、被告だったイブリンがメイスンを訪ねてくる。しきりに礼を言うイブリンに、メイスンは慰謝料を要求するよう勧め、その代理人となる。
その夜、今度はイブリンから「自宅で見知らぬ拳銃を見つけた」との電話がメイスンに入る。メイスンの指示に従って、車で家を出たイブリンだが、その途中覆面をかぶった人間にあおられ、車を止めるよう強要されてしまう。怖くなったイブリンは、持って出た拳銃で2発威嚇射撃、なんとか撃退したというのだ。

近年、日本でも社会問題となった「あおり運転」ですが、その対策に効果抜群。見習いたいものです(笑)。

イブリンから拳銃を受け取ったメイスンは、警察に事件を連絡。その現場に同行するが、そこで発見されたのは、道路から転落した車と射殺死体であった。その男は、裁判でイブリンに罪を着せようとした男らしい。殺人の容疑は当然、イブリンにかかることになる...。


法廷での展開に旨さが光る

前半の窃盗事件から始まる話の展開が非常に良く出来ていて、一気に読ませます。また、若手弁護士へのレクチャーを含め、法廷シーンの面白さが光る作品でした。
後半の法廷では、証言を拒否する証人が登場、いらついた判事自ら尋問を始めてしまうのですが、休廷の合間に、その証人が召喚状を受け取っていないことを利用して海外逃亡。激怒した判事は、ハミルトン・バーガー検事を厳しく叱責する、などなど、なかなか楽しい展開です。
毎回、メイスンに手玉に取られるバーガーですが、今回は判事にまで責められ四面楚歌、誠に気の毒で同情を禁じ得ません。

このような盛り上がりを見せた後半ですが、最後に判明する犯人には、少しばかり拍子抜け。確かに意外ではありますが、いささか消化不良といったところでしょうか。

早川書房 昭和49年11月10日印刷発行 246ページ 定価520円


テレビドラマの「ペリー・メイスン」

さて、ガードナーの作品レベルもありますが、メイスン物の人気を一躍上げたのは、やはり映像化されたことでしょう。
ウィキペディアによれば、

連続テレビシリーズ『弁護士ペリー・メイスン』(原題:Perry Mason)がレイモンド・バー主演によって、1957年から1966年までCBS系で放映された(最終回のみカラー放送)。また1985年から再びレイモンド・バー主演によるテレビムービーシリーズ『新・弁護士ペリー・メイスン』が製作され、日本でもNHKなどで放送された。

というわけで、つい最近まで弁護士といえば「ペリー・メイスン」というぐらいの知名度を誇っていました。

今回、「落着かぬ赤毛」を読んでみたのは、上記CBSのシリーズで、第一エピソードの原作が、この「落着かぬ赤毛」だったからです。映像も手元にあるので、原作と対比させてみていきましょう。

こちらが、ペリー・メイスンを演じたレイモンド・バー。 今回の映像は、英語だけで字幕もないので、言っていることがよくわかりません。 その昔テレビで見ていたときは、流暢な日本語を話していたんですけどね、若山弦蔵そっくりの声で(笑)。
「落着かぬ赤毛」ことイブリン・バグビー。 演じているのは、Whitney Blakeという女優。このあたり全くの門外漢なので、よくわかりませんが、Wikipediaでも、大きく取り上げられていますから、知名度が高い人なのかもしれません。

なお、白黒なので、赤毛かどうかわかりません。

これは、「あおり運転」でイブリンを襲う暴漢。

「 袋か枕カバーか何かで首から上を包んだ男です。目のところだけ穴がくり抜かれていて、顎のところで、リボンかゴムバンドのようなものでとめられていました。」
という原作の記述を、忠実に映像化しているわけですが、ちょっと間抜けだ(笑)。

最後にレギュラー陣の紹介を。 左から、秘書デラ・ストリート(Barbara Hale)、私立探偵ポール・ドレイク(William Hopper)、ハミルトン・バーガー検事(William Talman)、トラッグ警部(Ray Collins)

さて、肝心のストーリーですが、ドラマではイブリンが拳銃を見つけた所から始まります。原作で言うと、1/3あたりですね。かなり省略されていますが、2つの拳銃をめぐる謎にフォーカスしたことで、むしろスッキリしたかもしれません。メイスンが偽装工作で拳銃をぶっ放すところなど、視覚で見ると、より印象的です。犯人の設定は、だいぶ変更されていますが、これはこれで面白い。

今回は、久しぶりに小説と映像で「ペリー・メイスン」の世界に浸ってみましたが、想像以上に楽しい時間を過ごすことが出来ました。