死の会議録、殺人ア・ラ・モード ( パトリシア・モイーズ )

ティベット警部シリーズを読んでみる。


パトリシア・モイーズは、処女作「死人はスキーをしない」(1959)が、ハヤカワポケットミステリで1964年に紹介されて以来、日本でも全作品紹介されているイギリスの女流作家です。
「死人はスキーをしない」は、早川書房の「世界ミステリ全集」(1972-73年)第14巻に、クリスチアナ・ブランドの「はなれわざ」、ジョイス・ポーター「ドーヴァー4/切断」とともに収録されていますから、名作としての評判が高いということでしょう。

この作品、確かに面白くは読めましたが、ミステリとしては小粒。この全集に並んで収録されているブランドや、ポーターに比べると、強烈なインパクトにかけている感は否めません。さらに、第二作の「沈んだ船員」(1961)は、前作同様の異国を舞台にした同工異曲の作品であり、ミステリとしての構成はいささか下降しているように思えます。

そんなわけで、このシリーズは二作でやめていたのですが、全作訳されているからには、それなりの理由があるのでしょう。今回、第三作、四作を続けて読んでみました。


死の会議録(1962) HPB842 大橋吉之輔訳

舞台になるのはジュネーヴ。ここで開かれる国際麻薬会議にイギリスから参画したヘンリ・ティベット主任警部は、議長を務めることになっていた。しかし、先週の麻薬対策に関する討議内容が、事前に外部に筒抜けになっていたことが判明する。列席者は警察関係者ばかりなのに、どのような経路で情報漏洩が行われたのだろうか。
当日、ティベットが会議場に出向くと、会議の通訳であるジョン・トラップが刺殺されていたのだった。死体発見者のティベットは、なんと現地警察から有力な容疑者としてみなされてしまう。トラップは、生前ティベットと情報漏洩に関する意見交換をしていたという文書を残していたからである。
一方でトラップは、富豪のアメリカ人、ポール・ハンプトンの夫人と不倫関係にあった。婚約者を捨てて、夫人のもとに走ろうとしたらしい。果たして、トラップ殺害の動機は何なのだろうか。そして、犯人は...

この作品、まずなんと言っても、リーダビリティが高い
現地警察がティベットを疑うあたりから一気に読めます。麻薬組織への潜入捜査など作り物めいたところもありますが、動きのある展開は緊張感があり、読者を飽きさせません。いささか長めが多いこの作家ですが、この作品は分量も適切で、面白く読めます。

ただ、この作家はミステリのセンスにいささか欠けている気がします。
最後にティベットが、犯人を洗い出した過程を詳細に説明するのですが、あまりに細かすぎてピンときません。これが理解できるのは、作者だけでしょう。ほんのちょっとした手掛りから、切れ味のある展開を見せる「クリスティのような輝き」を期待するのは酷でしょうか。

日本では、第三作であるこの作品が、第二作の「沈んだ船員」より前に出されたようです。「死人はスキーをしない」に続いての二作目としては、文句のない出来なので、適切な政策として肯けます。

早川書房 昭和39年6月25日印刷 昭和39年6月30日発行 238ページ 定価270円


殺人ア・ラ・モード(1963) HPB1067 山崎昂一訳

ティベット警部シリーズの第四作は、ファッション雑誌の編集部が舞台。
やりての女性副編集長のヘレン・パンクハーストが毒殺されるという事件が起きる。犯人は、ヘレンの魔法瓶に毒を盛ることの出来た編集部内部の人間に限定された。彼女は、ある妻帯者と関係があったとされ、次期編集者の座を争っている女性の夫とのうわさが囁かれていた。

ポケミスで300ページ、事件は冒頭に起きる毒殺事件のみで、ここまで書く筆力には感心しますが、いささか退屈の感は否めません。また、犯人の正体、動機とも何の意外性がなく、説得力も脆弱です。

この作品では、ヘンリー・ティベットの姪(妻エミーの姉の娘)、ヴェロニカが売れっ子モデルとして登場します。面白くなりそうな設定なのですが、このヴェロニカ、頭の出来は今ひとつ、行動は軽率で、なんともお粗末。読者の感情を逆なでするだけで、何の効果もありませんでした。

この作品も翻訳が後回しにされていますが、その理由がよくわかる出来でした。次作「流れる星」の評判が良いので、それに期待しておきましょう。

早川書房 昭和44年2月20日印刷 昭和44年2月28日発行 306ページ 定価400円