殺人をしてみますか?、死の退場 ( ハリイ・オルズガー )
今回のポケミスは、ハリイ・オルズガーの作品を取り上げてみます。
こちらの情報によると、ハリイ・オルズガー(Harry Olesker)[1923-1969]は、コロンビア大学卒業後、第2次大戦中は軍の情報部に勤務し、その後ラジオ作家を手始めに、NBCのテレビプロデューサーとして活躍。その中で、最初に書いたミステリ『殺人をしてみますか?』は、アンソニー・バウチャーに「ここ数年読んだ処女作の中で、最も輝いている」とまで激賞されたとのことです。
オルズガーは、生涯に三冊のミステリ
- 『殺人をしてみますか?』 Now, Will You Try for Murder? (1958)
- 『死への退場』 Exit Dying (1959)
- 『ショック』 Impact (1961)
を残しており、いずれもハヤカワポケットミステリで訳出されました。
それでは、最初の2作を読んでみましょう。
殺人をしてみますか?(1958) HPB500 森郁夫訳
オルズガーの処女作で、MWAの新人賞に有力候補としてノミネートされましたが、惜しくもリチャード・スターンの「恐怖への明るい道」にその座を譲ってしまいました。日本でも都筑道夫がEQMMで紹介したこともあって、評判の高い作品でしょう。1959(昭和34)年にポケットミステリで翻訳された後、20年ほどたった1978年にハヤカワミステリ文庫にも収録されました。
舞台となるのは、テレビ業界
主人公の”僕”ことピート・ブランドは、人気番組『ビッグ・クエッション』の広報担当。
『ビッグ・クエッション』は視聴者参加のクイズ番組で、一問正解ごとに賞金が倍増していく仕組みが受けているのだが、今回は特に注目を集めていた。というのも、フィリップ・エクリッジという回答者が、なんと16万ドルという大型賞金にチャレンジすることになっていたからである。
ところが、そのエクリッジが放送当日行方不明になってしまい、その翌日、空港近くで刺殺されていたことが判明する。
ピートの上司、ジョージ・アレンは、少しの視聴率低下すら許さない厳しい人物で、ピートを始めとした関係者は、ここ数回のちょっとした低迷を咎められていた。叱責された一人であるディレクターのペニイ・ニコルズは、酔いも手伝ってか、エクリッジ殺しはジョージの犯行ではないかと、とピートにほのめかす。
しかし、その直後、ペニイは建物の上階から転落死してしまう。ジョージは、その現場をアシスタントのバーバラ・ウルフとともに目撃したと証言する。バーバラは、ジョージの愛人らしいが、以前はペニイとも関係があったらしい。
ピートは、美人秘書のセアラに気を奪われながらも、事件のなかに巻き込まれていく。犯人は会社内部の人間なのだろうか。
一方で、殺人課のフェルダー警視は、ピートのドタバタを横目に独自の捜査を進めていたのであった。
読み終わって
作者自身が知り尽くしたテレビ業界を舞台とする作品で、当時としては極めて斬新な舞台設定であったと思われます。それに頼ることなく、スムーズな展開で、最後まで退屈せずに読ませる構成力に感心します。
また、ピートの楽天的な性格と軽快な語り口は、その当時のテレビ番組における主人公の典型的な設定で、いささか古くはなっていますが、好感持てる人物像となっています。上司ジョージにも遠慮せずに突っ込んでいくところや、美人秘書セアラとの恋愛関係もうまく描かれていて、楽しく読めます。
ミステリとしてもよく考えられていて、特に現実的で妙に説得力がある犯行の動機には少し意表を突かれます。
さらに、ラストではフェルダー警視が関係者一同を一室に集め、「名探偵、 皆を集めて『さて』と言い」とばかりに事件の真相を暴くという本格ミステリ的な展開まで楽しめる構成になっています。さすが、TVプロデューサー、サービス精神に手抜きはありませんね。
今でも楽しく読める作品ですが、やはり古くなっている部分も少なくありません。特に女性に対する態度は、アメリカといえども今では違和感を感じる部分が少なくありません。そのうえ、翻訳は60年以上前の訳文なので、いささか古臭く、やり取りの面白さが今ひとつ伝わらない部分も少なくありません。
それを差し引いても、佳作であることは間違いなく、楽しい読書を保証できる一冊です。
早川書房 昭和34年7月25日印刷 昭和34年7月31日発行 228ページ 定価170円
死の退場(1958) HPB617 森郁夫訳
今回の主人公は..
”あたし”ことドロシイ・ドーンは女優を夢見て、ワイオミングから出てきた自称19歳、実は23歳の娘。ミュージカルのオーディションに参加するものの、結果は門前払い同然の扱いを受けてしまう。
失意のドーンだったが、引き上げる途中でディレクターのジョージ・ロビンから誘いを受ける。飲みに行った帰りに雨にあったドロシイは、ジョージのアパートで服を乾かすはめになってしまう。半酩酊状態のドロシイは、ずぶ濡れの服を暖炉で乾かそうとしたのだが、なんと燃やしてしまったのである。
裸同然となってしまったドロシーは、ジョージに服を取りに行ってもらうとともに、ありあわせの衣装を探すべく部屋のクロゼットを開けてみたのだったが..。
なんと、そこには絞殺された若い女の死体が隠されていた。
警察を呼んだドロシイだが、死体の件は報告しないで、男に置き去りにされたと言って現場を抜け出す。
翌日、素面に戻ったドロシイは、ジョージのアパートに再び入り込むが、昨夜の死体は消えてしまっていたのだった。あれは、酔っぱらいの幻覚なのだろうか。
思い悩んだドロシイだが、今度は殺人課に出向く。迎えたフェルダー警視にドロシイは、昨夜の状況を話すのだが、彼はなかなか信じようとしない。
ところが、事態は思わぬ展開を見せる。関係者でステージ・マネージャーであるドリスコルという男の死体が発見されたのだった。また、程なくクロゼットの女と思われる死体も発見され、事件は連続殺人の様相を見せ始めたのである。
読み終わってみると...
この作品は、ドロシイがいきあたりばったりに動くと物事が進む、いわゆるスラップスティック・コメデイなので、うるさいことは言わずに軽快なストーリー展開に乗っていけばよいでしょう。
ドロシイは性格も脳天気な楽天家なので、その一人称で進む展開は語り口だけでも楽しく読めます。話の中盤、謎の女が泊まっていたホテルに探索に行ったはいいが、男に拉致され殴られ気絶という酷いめにあったりするのですが、全く気にしないといったタフさまで持ち合わせているというのだから感心します。
さて、この作品でもフェルダー警視は、終盤に関係者を集めて話を始めます。今回も犯人を指摘するのかと思いきや、なんとこの役を担ったのは、...。
ミステリ的に見ると、犯人はあまり意外ではありませんし、動機も今ひとつ説得力がない。前作に比べると、この点からの評価は大きく落ちると思います。それでも、ドロシイのドタバタは十分面白いですし、読者を退屈させないのは、さすがTV業界で鍛えた職人というところでしょう。
蛇足『ハリウッドの法則』
ドロシイがオーデションで「いつ連絡すればいいの?」と尋ねると、「電話をかけられたら困るよ。こちらから連絡する。」と言われるのは、有名な『ハリウッドの法則』(Hollywood principle)”Don’t call us, We’ll call you.”というやつですね。
そのドロシイですが、フェルダー警視に向かっては、
「あたしの方へ、連絡しないで頂戴な。連絡は、こちらから致します」
「何だって?」
「あら気にしないでよ。ただのジョークですもの」
なんて言っているのだから、なかなかのタマです。
この『ハリウッドの法則』というやつ、一時期コンピュータシステムで、フレームワークを説明するときによく使われていました。わたしは、それで知っていたのですが、ミステリの中に出てくるとは驚き。少し嬉しくなってしまいました。
早川書房 昭和36年2月20日印刷 昭和36年2月28日発行 218ページ 定価180円
先のサイトによると、ハリイ・オルズガーは、1969年4月ニューヨーク、ロングアイランドで自動車事故にて死亡したとのこと。享年46才、早すぎる死が惜しまれます。