現代推理小説体系 第11巻 ( 有馬頼義、新田次郎、菊村到、水上勉 )

有馬の論理展開に唖然、水上の筆力に感心。



四万人の目撃者(有馬頼義)

第十二回探偵作家クラブ賞受賞作品で世評も高いようですが、今回読んでみて、その論理展開の酷さに唖然としました。

何と事件現場は野球場。セネタースという球団の4番打者である新海清が走塁中に倒れ、そのまま亡くなってしまうというのが発端です。
観衆の一人であった高山検事は、死因になぜか一人不信を抱き、司法解剖にまで持ち込みます。これも不自然極まりませんが、解剖結果からも他殺を疑うような証拠は全く出てきません。それでも高山検事は部下の刑事を使い、勝手に身辺調査を始めるのです。さらに、作者はなんと、“P"という架空の毒薬を登場させ、これによる殺害を暗示します。

ここからもひどい展開が続きます。
高山検事は犯人を途中で名指しますが、その根拠は全く論理性がないどころか、どうしてそうなるのか、正直言ってまるでわかりません。妄想としか言いようがない。こんな検事がいたら、日本中冤罪だらけだよ(笑)。
さらに高山検事は「新海が何かを目撃したことで殺された」と言い出しますが、どこからこんな推測が出てくるのか、これまた全くわかりません。ラストで判明する犯人がやっていた犯罪も、陳腐でどうしようもない。

ここまでいい加減だと、作者の頭の出来を疑いますよ。これ、本当に探偵作家クラブ賞受賞作品なのかあ(笑)。


落石(新田次郎)

山岳小説で著名な作者のミステリ中編。
さすが山を知り尽くした作者だけに、現場の描写に長けており、読ませる展開です。ただ、登場人物はどれも俗物揃いで、あまり魅力がなく共感するものがありません。
また、ミステリとしては見ると、特に意外性もなく平凡な出来にすぎません。結局「誰が犯人でもいい」、そんな感じなので、あまり高くは評価できません。


獣に降る雨(菊村到)

亡き父が運転手を務めていた一家に販売員として乗り込んだ男が、過去の謎を解き明かす。暗くて、もはや古臭い。

魔女の視線(菊村到)

予言能力を持つ女の哀しい末路。これまた暗い話である。


海の牙(水上勉)

水俣病ならぬ水潟病に揺れる水潟市に調査に来た東京の保険医が失踪、その後無残な死体として発見されます。企業と地元漁師の対立する騒然とした雰囲気の中で、さらに新たな死体が...
事件は、謎めいた保険医の妻、旧軍人の麻薬組織、政治家崩れの弁護士などが絡み合い錯綜していきますが、地元警察の嘱託医木田と勢良警部補は、その謎の中核に挑みます..

この作品を読んで、まず感心するのは水上勉の筆力です。
保険医のノートで語られる水潟病患者の悲惨さ、水潟病に罹患した鴉についばまれている無残な死体、夜間に水潟から人吉までバイクを走らす際の描写など、迫力十分で一気に読ませる魅力に富んでいます。

一方、事件の背景はアクション映画もどきの展開で、いささか興ざめします。犯人自身も文中で語られるだけで直接登場しないような人物ですから、ミステリ的に見ると何の意外性もありません。作者の狙いは他にあるということでしょうが、推理作家協会賞受賞作として見ると、いささか不満が残ります。


巻末のエッセイは、菊村到「思いつくままに」。
月報の犯人当て小説は、高橋泰邦「ヨット殺人事件」。解答編第十三回は夏樹静子「数字のない時計」、島崎博がエッセイ「『点と線』前後」を書いています。

講談社 昭和48年4月8日 第1刷発行 395ページ 850円