現代推理小説体系 第12巻 ( 多岐川恭、佐野洋、結城昌治 )

「異郷の帆」の素晴らしが印象に残る一巻



異郷の帆(多岐川恭)

江戸元禄時代の出島を舞台にした異色作。
青年通詞である浦垣助は、同僚で「転びバテレン」である西山久兵衛と荷揚げの検査に立ち会っていたが、その場で浦は西山から、蘭館にいる次席商館員ヘトルという男の話を聞く。彼は入港した船長から荷物を受け取り、それを横流し、抜荷で私腹を肥やしているだと言う。
そのヘトルが、謎の凶器で刺殺されるという事件が起きる。出島に移住しているオランダ人の中にも彼に遺恨を持つものが多いが、容疑はオランダ人と遊女の間に出来た混血美女、お幸にかかる。捜査を進める浦であったが、彼は徐々にお幸に惹かれ、共に海外へ飛び出すことまで考えるのであった。

この作品、ストーリー展開がよく出来ていて、何はともあれ面白く読めます
主人公である浦は、自身の境遇から抜け出したいという強い思いを持つ青年ですが、好感の持てる人物なので、感情移入が速やかに進みます。
また、彼を取り巻く周辺人物の造形がうまい。ポルトガル人でありながら、自らの信仰を捨て、蛇蝎のごとく嫌われている西山久兵衛、彼の屈折した思いと行動は印象的です。合の子と軽蔑されるお幸の健気さ、隠れキリシタンである遊女、抜荷の黒幕である商人などなど、大変良く描けており、ラストへの展開もスムーズで、余韻を残す結末を迎えます。

ミステリ的に見ても悪くありません。犯人の正体も意外で、出島という舞台設定をうまく活かし、よく考えられています。秀作。


死んだ時間(佐野洋)

無給医局員である加賀は、料亭の女中であった時任杏子と深い仲であったが、杏子は加賀との約束を破って不意に失踪してしまう。同時に彼女の部屋では、隣人であるCMガールが殺されているのが発見される。その数日後、杏子は自首、殺人を自白する。
彼女の言動に不信感を持った加賀は、過去の会話から篠原という新聞社の編集局長にたどり着く。なんとか篠原に接触を図った加賀は、杏子との関係を問うが、彼はその場で関係を認めたうえ「事件当日は杏子と熱海に泊まっていた」と言うのである。
加賀は担当弁護士にその件を伝えるが、杏子はそれを強く否定しているという。なぜ、彼女は確実なアリバイがあるにもかかわらず、殺人の汚名をかぶろうとするのだろうか。

全体としてのリーダビリティは、それなりにあると思います。
ただ、ミステリー的に見ると、関係者の偽証は明らかなので、意外性は特にありません。そのうえで、一応納得の行く説明を付けておき、またそれをひっくり返すという手法も悪くはありませんが、後味の良いものではありません。
また、会社の業績のためには手段を選ばず隠蔽を計る人々、女性の地位の低さなど、現代の眼から見ると、いろいろ古臭さを感じる部分が多く、いかにも1960年代の小説ですね。
賞味期限切れかな。


仲の良い死体(結城昌治)

甲府近くの腰掛という小さな町のブドウ畑の一角に、突如温泉が湧くという事件から話は始まる。溢れ出した露天温泉には、周辺住民が大挙押しかけ、一日中騒ぎ回るというありさまであった。そんなある日、ぶどう畑の持ち主である持田加代と地元駐在の死体が寺で見つかる。一見心中に見えるが、どう考えても二人に関係があるとは思えない。加代は男関係の多いことで有名であるが、巡査は老齢なうえ色恋に縁のない男である。
さて、結城昌治初期作品探偵役の郷原部長は、今回は妻の郷里であるこの町に転勤していた。赴任早々には県庁の事務員が自殺する事件が発生、さらには温泉騒ぎで手を焼く毎日あった。郷原は事件は殺人と睨み、町内で加代と関わりのあった男から話を聞き出していく...

前半は舞台設定も面白く期待したのですが、中盤が少し退屈。また、後半の展開が急で、意外な犯人を意図したのでしょうが、あまり活きていません。犯人の動機も、四人の人間を殺害するにしては、あまりに大げさで無理がありすぎます。


巻末のエッセイは、佐野洋「回顧的推理小説観」。
月報の犯人当て小説は、陳舜臣「ピポーの音」。解答編第五回は森村誠一「音の告発」、大内茂男がエッセイ「社会は時代の非社会は作家」を書いています。

講談社 昭和47年9月8日 第1刷発行 409ページ 790円