第三の演出者 ( 戸板康二 )

亡くなった演出家の性格描写と、残された関係者の談話で進行する構成が面白い。


桃源社の「書き下ろし推理小説全集・第二期」の一冊として書き下ろされた戸板康二(1915-1993)の「第三の演出者」(1961)を読んでみます。


こんな話

 お話は、劇団ツバメ座主催者である加賀井誠の死亡から始まります。

 妻である瑠璃子は、カフェで働いていた全くの素人であったが、加賀井に見出され女優としてデビュー、三作ほど主演を努めたが、限界を感じ引退。その後、加賀井の後妻となっていた。瑠璃子は実家から松田さきという女性を呼び寄せ、現在は家事手伝いとして主従のような関係となっている。
 劇団には、佐伯貞夫黒木早苗湯浅はつこの三人が、中心メンバーとして名を連ねており、加賀井の助手である友永鈴一は、二年前から加賀井宅に寄宿している。

 加賀井の死後、劇団は解散となる予定だったが、生前から加賀井の友人であった新聞記者の竹野悠太郎が、通夜の晩、故人の書斎で戯曲の原稿を発見する。このことで状況は大きく変化、この遺作を加賀井追悼公演として上演しよう、ということになったのである。
 その演出を担当することになったのは、友永であった。瑠璃子と友永は生前から関係を疑われていたのだが、その劇は、あたかも加賀井と彼らの葛藤を描いたようなものなのだが、当人はさほど気にもしていないようであった。

 加賀井は生前から超自然的な力に興味をもち、自らも予知能力を持つと公言していた。事実、妻や劇団員に対し、彼らしか知らないような事実を指摘するなど不思議な能力を披露していたのであった。
 彼の死後、書斎の資料を整理していると、本の中からいろいろな書き込みが出てくるのだが、そこには遺作となった戯曲の演出のヒントなどが、まるでその進行を予想したように書き込まれていた。それらは、まさに加賀井の力を証明しているかのように思われた。

 ある日、友永は劇に最適な拳銃を発見、舞台稽古の最中、自分に向けて発砲してみせる。ところが、そこには実弾が装填されており、自ら命をたってしまったのであった..。


読み終えると

 この作品は、瑠璃子、松田さき、佐伯貞夫、黒木早苗、湯浅はつこ、五人の談話でストーリーが進められます。そして最後に彼らの談話内容から、名探偵中村雅楽が推理を進め犯行を見抜く、という形になっているのですが、その構成のうまさに感心させられます。
また、各人の話から浮かび上がってくる加賀井のエキセントリックな性格が強く印象に残ります。極端に強い執着心を持つくせに、目的が達成されると急に冷めてしまうという彼に翻弄される妻や劇団員たち、それを描き出す作者の筆力はなかなか見事なものです。

 一方、ミステリとしては小粒、殺人トリックもちょっとした早業レベルであり、実現性を含めて残念な感じは否めませんが、このあたりをあげつらうのは野暮というものでしょう。


桃源社 昭和36年6月30日発行 269ページ 280円