EQMM 2020/04 No.0 EQMM55号から66号(1961年)までを総括する。

作品の分布について

55号から66号までの作品数は全123編。

今回も平均は6点以上をキープしています。素晴らしいV字回復を果たした1960年(平均6.21)に比較すると、少し品質が落ちています。1961年は5点以下の作品が増加しており、これが足を引っ張っているようです。昨年に比べると、質のばらつきが大きくなったということでしょう。

総数 平均 偏差 9.0 8.5 8.0 7.5 7.0 6.5 6.0 5.5 5.0 4.0 3.0 2.0
123 6.02 1.46 1 1 11 13 11 25 20 4 18 13 2 4
% 0.81 0.81 8.94 10.57 8.94 20.33 16.26 3.25 14.63 10.57 1.63 3.25

秀作

8.0ポイント以上は秀作。8.5ポイントはそれを上回る作品と評価します。

題名 作者 評点 コメント 掲載号
女が家を出る時 ウイリアム・アイリッシュ 9.0 高校のときに感心し、気づかずに英語で再読したときも面白かった。さすがに今回は筋を覚えていたけど、やはり傑作。アイリッシュ(ウールリッチ)の作品では一番好きだ。配点は思い出(+0.5)加点。 1961-02-056
謎の足跡 ロバート・アーサー 8.5 ミステリとしてもホームズ物のパロディとしてもよく出来ている。 1961-09-063
8.5以上の作品 : 2
こそ泥と老嬢 ロバート・アーサー 8.0 これは痛快で笑わせる。 1961-01-055
キャロル事件 エラリイ・クイーン 8.0 最後までサスペンスフルな展開で読ませる。 1961-02-056
名探偵、フローレンス・ナイチンゲール シオドー・マシスン 8.0 毎回楽しく読めるシリーズ物だが、今回は犯人設定などミステリとしても優れている。 1961-03-057
延着九時間 ハーバート・ブリーン 8.0 バス内の殺人という舞台も面白いし、犯人の設定にも説得力がある。もう少し書き込んだら良かったのに。 1961-05-059
世界一のお尋ねもの デイモン・ラニアン 8.0 人物像が楽しい。ラストも笑わせてくれる。 1961-05-059
ダイヤモンド泥棒 メアリイ・ホッキング 8.0 知らない作家だが、舞台設定の面白さと早い展開で楽しく読める。陽気な女主人公がいいぞ。 1961-07-061
疑う余地なし ビリイ・ローズ 8.0 2ページ程度のショートショートだが、オチが決まった。 1961-07-061
ゴムの楔 ヒュー・ペンティコースト 8.0 このところご贔屓のペンティコースト。この作品も巧みに人物関係を描き、面白く読ませる。 1961-07-061
国のしきたり トマス・フラナガン 8.0 やはりフラナガンは読ませる。密輸のからくりも考えられている。 1961-08-062
他人の毒薬 Q・パトリック 8.0 医師の毒殺事件を追うヒロイン。後半の展開はサスペンスフルだ。 1961-08-062
ルパンの発狂 トーマ・ナルスジャック 8.0 ルパンの初期短篇を思わせる展開で読ませる。意外性も悪くない。おまけに保篠龍緒調の総ルビ旧カナの訳という趣向も楽しい。 1961-11-065
8.0の作品 : 11
秀作(8.0以上) : 13 10.57%

1960年の秀作本数(7本、5.34%)に比べて、大幅に増加しています。1960年からの勢いをキープし、面白い作品を提供し続けていることは間違いありません。


作家別頻出度

登場作家はトータル85名。

下記に2作以上登場した作家を一覧表示します。

シオドー・マシスン : 5
マッキンレイ・カンター : 4
ヘンリー・スレッサー : 4
コーネル・ウールリッチ : 4
A・H・Z・カー : 3
トーマ・ナルスジャック : 3
ヒュー・ペンティコースト : 3
ダシール・ハメット : 3
デイモン・ラニアン : 3
ウェイド・ミラー : 2
モーリス・プロクター : 2
ビリイ・ローズ : 2
リック・ルービン : 2
クレイグ・ライス : 2
ヘレン・マクロイ : 2
エラリイ・クイーン : 2
E・S・ガードナー : 2
スチュアート・パーマー : 2
ジェフリー・ハウスホールド : 2
シャーロット・アームストロング : 2
ジョージ・ハーモン・コックス : 2
ウイリアム・アイリッシュ : 2
フランク・グルーバー : 2
ロバート・アーサー : 2

読むに耐えぬ作品

題名 作者 評点 コメント 掲載号
百萬ドルのミステリ モーリス・プロクター 3.0 話がごたついていて展開かわからない。つまらん。 1961-02-056
翡翠のリンゴ ジョゼフ・シアリング 3.0 つまらん話を長々と聞かされた。 1961-06-060
血の報酬 第一部 大きな女 ダシール・ハメット 2.0 ごたごたしていて、騒々しいだけ。何というつまらない話だ。読み切るのに苦労した。 1961-04-058
血の報酬 第二部 小柄な老人 ダシール・ハメット 2.0 ひたすら耐えた。 1961-05-059
走り続ける男 ウォルト・シェルドン 2.0 なんだこれは。日本に住んでいる外人というだけで載せたのか。 1961-07-061
礼節をもって死す ジェフリー・ハウスホールド 2.0 全くつまらない話。 1961-08-062
問題あり(3.0以下) : 6 4.88%

今回は6篇。まあ我慢しましょう。

気がかりなのは...

1961年度は、ページ増に対応すべく様々な作品供給の道を探っているのはわかりますが、少し手を広げすぎていて、レベルがついてこない作品も散見しました。今後の展開に期待します。
また、あくまで個人の感想ですが、有馬頼義、扇谷正造、青木雨彦の連載は全く面白くない。当時の評判はどうだったのでしょうか。


1961年のEQMMは、拡大化を目指している

この年のEQMMを俯瞰すると、明確に拡大化をねらっていることがわかります。例えば、下記の施策がそれにあたります。

  • テーマの拡大
    「西部小説特集(63号)」「ユーモア小説特集(64号)」のように、ミステリから一歩離れた題材をテーマに、EQMMとは別のリソースからも積極的に取り上げていくという方向性を示しています。
  • 特大号が標準に
    1961/05(59号)より従来の特大号が通常号となりました。ページ増大とともに、定価も100円から150円になるわけですが、これでも読者がついてくるという手応えがあったということでしょうか。
  • 長編連載の開始
    12月号の「女豹」のように、ポケットミステリでの刊行前に連載するという試みが初めてなされました。この方法は、その後常態化するわけですが、今年度最終号から始まっているというのは、極めて象徴的な出来事と言えます。

このような積極的な拡大策により、1961年EQMMは新しい方向に向かっているように思われます。


さて、1961年とはどういう年だったのでしょうか。時代背景を少し見ておきましょう。

高度成長時代

一般的に、日本経済の高度成長時代は、1954(昭和29)年から1970(昭和45)年までの16年間とされています。1961年は日本のそのまっただ中にあたる年です。

経済成長率(GDP)

このサイトに「経済成長率の推移」が載っていますが、1960年前後は毎年10%以上の成長を成し遂げています。このような状況は、現在からはとても推察することが出来ません。
ここ10年は良くて2%前後の状況です。今年2020(令和2)年は武漢ウィルスの影響もあり、マイナス成長間違いなし、最悪です。

サラリーマン給与額の推移

また、時代別のサラリーマンの月給の年次統計が、こちらにあります。
これによると、1961(昭和36)年のサラリーマン給与は、わずか20,021円です。しかし、4年後の1965(昭和40)年には、30,300円、何と1.5倍になっています。更に遡ると、8年後の1969(昭和44)年には、48,900円と2.4倍にもなっているのです。これは月給ですので、賞与を含めると、もっと大きな伸び率になると思われます。まさしく高度成長、すごい時代でした、

テレビの普及

このような絶好調な景気に乗って、消費も活発になっていきます。その代表的なものがテレビでしょう。EQMMでも「ミステリ・オン・ザ・ウエィブ(刺片子)」が、テレビの本格普及に言及しています。このコラムを読むと、テレビ視聴者の増大から、視聴率が重要視されていく過程がよくわかりました。

実は、実家が初めてテレビを買ったのもこのあたりだったようです。父と母が「今度のボーナスでテレビでも買おうか」と話しているのを、幼少のわたしが漏れ聞き、会う人ごとに「今度うちはテレビを買うんだよ」と言いまわったので、引っ込みがつかなくなったと苦笑しておりました(笑)。


1961年総括

EQMMの拡大化施策は、このような時代背景をベースにしたものであることは言うまでもありません。

まず、先のサイトの情報をベースにEQMMの価格を現行レベルに換算してみましょう。
先にも述べたように、1961(昭和36)年のサラリーマン給与は、20,021円です。2012(平成24)年が326,000円ですから、この年と比較すると、およそ1/16ということになります。この10年間であまり大きな変化はないように思いますので、この数字を使いましょう。
とすると、通常号100円は1600円、特大号150円は2400円に相当することになります。
1600円でもかなりの高値ですから、これを今年度から全号2400円相当にするというのは大きな決断だっと思います。「高度成長時代だったから」というのは後づけの話で、誰にでもできることではありません。

また、このような拡張施策は、本国版EQMMからの離脱を方向づけることになります。今年見られた特集はその最たるものであり、日本語版EQMMの独立体制を目指したものと言えます。EQMMがハヤカワ・ミステリ・マガジン(HMM)として生まれ変わる1966年まで、まだ4年ありますが、1961年はその流れが明確になった大きなターニングポイントであったと言えるでしょう。

昨年度(1960年)の総括で、「1960年はV字回復で、EQMM再飛躍の始まりか」と記述しましたが、今年は次代への方向性を明確にしたと言えるでしょう。このような功績は、編集責任者の力量によるものと評価すべきです。

EQMMをVG回復させ、新たな方向性を作り上げた “小泉太郎こと生島治郎” は、名編集者であった。

そう断言しましょう。