Come to Paddington Fair ( Derek Smith )

意外な結末には感心したが、中盤の盛り上がりに乏しいのが残念。



Derek Smithについて

Amazon.comのEditorial Reviewsによると、

Derek Smith was born in 1926 and died in 2002. He did not enjoy good health and led a secluded life, never marrying. He saw active duty after World War II as a radio operator in Italy and Bulgaria. After being invalided out of service, he tuned his hand to writing mystery stories, one of which is considered to be of the highest rank.

とのことで、あまり健康には恵まれなかったようです。

Derek Smithは膨大なミステリコレクターとして知られており、いくつかのエピソードがこちらのサイトでも紹介されています。
彼はミステリの分野では特に密室物に熱心であり、1953年には自ら「Whistle Up the Devil」という作品を発表しています(邦題「悪魔を呼び起こせ」 国書刊行会)。この作品、マニアの間では一定の評価を得たようですが、商業ベースで成功したとは言えず、残念ながらその後彼の作品が出版されることはありませんでした。

今回の作品「Come to Paddington Fair」は、「Whistle Up the Devil」に登場する名探偵の続編に当たり、1997年に日本で少部数発行された後、作者の死後2014年にInternational Locked Roomで復刊されたものです。早速読んでみましょう。


こんな話

Part1に登場するのはRichard Mervenという銀行員。ある日、彼は暴漢に襲われますが、持っていた会社の金を死守したことで注目を浴びます。そんな彼に微笑んでくれた美貌のタイピストLesley Barreに惹かれた彼は、なんとか彼女を食事に誘うことに成功します。
しかし、次の章でMervenの運命は暗転しています。なんと彼は銀行強盗の罪で服役中であり、そんなMervenのもとにロンドン警察のCastle警部が訪ねてくるところが描かれます。
どうやら銀行強盗は複数犯で、Mervenは仲間に昏倒させられたうえ現場に置き去りにされてしまったらしい。Castleは共犯者の存在やLesleyという女性について尋ねるが、彼は何も言わず、ただ口を閉ざすのみであった。

そんなある日、Castle警部のもとに、匿名の人物からThe Janus Theatreの推理劇「THE FINAL TROPHY」のチケットが2枚送られてくる。彼は宣伝の一環であろうと深く考えもせず、友人であるAlgy Lawrenceを伴い、出向くことにしたのであった。

その推理劇中に殺人事件が勃発する。主演のMichael Trentが恋人役のLesley Christopherをピストルで撃つシーンとほぼ同時に、観客の男が銃を取り出しLesleyを狙撃したのである。狙撃犯はそれを見咎めたAlgyに取り押さえられてしまうのだが、その正体はRichard Mervenであった。
彼は犯行を簡単に認める。主演女優のLesley Christopherとは、銀行のタイピストだったLesley Barreで、彼一人に銀行強盗の罪を着せた彼女への復讐を果たしたというのだ。

事件は解決したものと思われたが、予想外の展開を見せることになる。彼女を殺害したピストルの口径が、Mervenが持っていたものとは違うことが判明したのである。実際に彼女を殺害した弾丸は、共演のTrentが使用していたピストルから発射されていたものだったのである。空砲が実弾に置き換わってしまっていたらしい。誰が、どうやってすり替えたのだろうか。Mervenは今回もまたフレームアップの対象にされてしまったようだ。

ここまでで約1/3。なかなか読ませます。


中盤が退屈..ラストに意外な展開が..。

問題なのがここから。中盤は単なる事実確認ばかりで、ストーリーにほとんど展開がありません。探偵役のAlgyも個性に乏しいせいか、Castle警部とのやりとりにも面白みがなく、退屈と言わざるえません。ようやく警備員が襲われ、何かが盗まれたりするのですが、それも尻すぼみで終わってしまいました。

終盤になって、容疑者になってしまったTrentの愛人Pennyが表に登場、Trentを救うべくAlgyに揺さぶりをかけるところから、ようやく話は盛り上がってきます。そのおかげでAlgyは生命に危機に瀕したりしてするわけですが、このミスディレクションもなかなか面白く、そしてそこから畳み掛けるように意外な展開が待っているというラストには非常に感心しました。それだけに、中盤の停滞が惜しい限り。

さて、この作品の献辞には、

Dedicated to the memory of John Dickson Carr
Lord of the Sorceres

とあり、ディクスン・カーに捧げられているのですが、もしカーがこのプロットで書いていたらどうなったでしょうか。
たぶん、Pennyを始めとした女性群は、もっと魅力的な存在になっていたでしょうし、それを巡る劇場内での人物関係も明快に描かれ、中盤の各章での盛り上がりに気を使って書かれていたことでしょう。また終盤、Algyは現場の劇場での再現劇を試みますが、ここでは探偵役であるH.M.やフェル博士のスラップスティックなドタバタが見られていたかもしれません。
つまらない想像をしてしまいましたが、この作品の中盤にもう一工夫あれば、より上のレベルとなっていただけに、それを惜しむが故とご容赦ください。

この作品を読んだ後に再認識したのは、「不可能犯罪の解決以上に、それを支えるストーリーテリング」こそが重要であるという一点です。ミステリも小説である以上、極めて当たり前のことなのでしょうが、今回のような作品を読むとその事実に気付かされます。
ディクスン・カーは密室の巨匠と言われますが、その魅力、凄さは基本的な小説技法、ストーリーテリングの巧みさにあったということですね。


この作品、単体でも出版されていますが、

Derek Smithの全著作を収録したオムニバス版がおすすめです。