One by One They Disappeared ( Moray Dalton )

前半の展開は良く出来ています。通俗的なスリラーですが、面白く読めますよ。


Moray Dalton( モーレイ・ダルトン )(1881-1963)とは

序文でCurtis Evansが、作者について詳細に記述していますが、Mary Dalton(本名Katherine Dalton Renoir)は、1881年ロンドン生まれ。Inspector Hugh Collierを主人公にした作品を、1929年から1951年までに15作残しました。
いわゆる忘れられた作家のひとりですが、Dean Street Pressが、2019年に初期の6冊を復刊したようです。

今回は、Hugh Collier物第一作 “One by One They Disappeared(1929年)” を読んでみます。さて、どんなお話なのでしょうか。

こんな話です

ニューヨークの富豪と記念ディナー

Inspector Collierは、とあるホテルで、Elbert J. Pakenhamというニューヨークの富豪に出会う。
彼は、毎年このホテルで8名の友と特別なディナーを取る事になっているのだと言う。Pakenhamとその8名は、戦時中三日三晩を救命ボートで漂流した仲間で、その時体調の悪かった彼に余分な水分まで与えて救ってくれた恩人なのだ、と楽しそうに語った。
また、彼の身内はすでに絶えてしまったので、遺産もこの8人に残すことにもしたとも付け加えたのである。
CollierはそのままPakenhamと別れてしまうが、後日ホテルのマネージャーから、その時の記念ディナーに出席したのは、わずか2名に過ぎなかったと知らされる。

不審な死が次々と...

Collierは新聞で、あのホテルで見かけたディナー出席者のひとりが事故死したことを知る。記事によると盲人のピアノ調教師 Henry Raymondは、誤ってリフトから転落死したとされていた。

この事故に興味を持ったCollierは、急遽休暇を取りやめ、個人で捜査に乗り出します。
ワーカホリックだな、警部(笑)。

Raymondを雇っていたマネージャーのDavisも実は漂流仲間だが、ディナー当日は腰痛で欠席したと事情を打ち明ける。続けて、Collierは亡くなったReymondの妹Stellaと会おうとするが、彼女はすでに誰かと出かけてしまっていた。
さらに、残りの人間の消息を調査し始めると、なんと2名が不審死をとげていることが判明する。農場主はひき逃げにあい、古書店主は破傷風で亡くなっているというのである。
Pakenhamの遺産を巡る何かが動いているのだろうか...

ヒロインの登場

さて、物語はCollierサイドだけでなく、別視点からも描かれます。

Corinna Lacyは、18歳で学校を卒業後、老婦人の旅のパートナーとして暮らしていたが、彼女の死後、いとこのWilfred Starkの誘いに乗り、故郷に帰ってくることになった。
Starkは、隣人であり名家Freyne一家を彼女に紹介する。
当主のGilvertは、義理の姉とその息子と同居しているが、アメリカから引き上げてきた際に愛妻を亡くし、兄にも逝かれ今は孤独の身である。

やがて、FreyneとCorinnaは、年の差を乗り越え互いに惹かれ合い、婚約までしてしまうのである。
亡き妻への変わらぬ愛を語っていたのは、誰だったかな(笑)。

Collierの自宅で

実はFreyneは、Pakenhamとの記念ディナーに、Raymondとともに出席していた一人であった。
調査に協力すべく、FreyneはCollierの自宅に出向くが、その時急にシャンデリアが落下、同時刻に食事に招かれていた友人のSuperintendent Traskが重傷を負うという事件が起きる。
事故なのか、それとも誰かを狙っていたのだろうか。

さらなる危機が..

新聞で行方不明を報じられたPakenhamだが、実は漂流仲間である画家のEdgar Malloryから、Count Olivieriが病気なのでVeniceまで来てほしいと頼まれていた。早速出向いたPakenhamだが、二人の陰謀に気が付き、そそくさとロンドンに戻ってくる。

一方、Freyneは身の危険を感じたのか、自宅から姿を消してしまう。Collierはその行方を追うが、何の手がかりを得ることもできない。
心配するCorinnaのもとに、Gilvert Freyneからとおぼしき手紙が届く。そこには「Horshamという駅の待合室で待っていて欲しい」と書かれていた。Gilvertに会いたい一心の彼女は、Starkの静止も振り切り、駅に向かってしまう。汽車を降りると、そこにはGilbertの知り合いという女性が迎えに来ており、車を待たせてあると言う。
そんな誘いに乗るとひどい目に会うよ、乱歩の通俗物によくあるパターンだ(笑)。

黒幕は誰だ

さて、Corinnaの運命やいかに、行方をくらましたFreyneはどこに、そういえばRaymondの妹Stellaもいなくなっているぞ、Collierの捜査はどうなる...
という具合に話は進みます。あらすじ紹介はここまで。

評価してみよう

初期設定は光るが、展開に欠ける

まず、遺産相続予定者が連続して不審死しているという設定が面白いですね。しかし、ここからは新たな展開に乏しく、連続殺人の緊張感があるわけでもなく、犯人の残忍さに寒気を覚える、なんてことも一切ありません。Collierの捜査も、ただ関係者を追い回すだけに終止しており、あまり切れ味がない。
基本的に、本格的なミステリを期待すると確実に裏切られます。

結末は

意外性を狙ったラストは、それなりに検討はつきますが、悪くありません。
しかし、動機面から考えてみると、そもそも、連続殺人をする必然性がないでしょう。Pakenhamの財産は莫大ということなので、わざわざ危険を犯してまでパイを増やす必要があるのかなあ。よけいなことをするから、目をつけられるのですよ。でも、こうしないと話そのものが成り立たないわけで、この指摘はヤボかも知れません。

リーダビリティは悪くない

通俗的なスリラーですが、面白く読めます。
ただ、登場人物の行動の細部にこだわるあまりか、物語が断続的になり、特に後半の盛り上がりに乏しい気がします。これを女流作家の繊細さと見るか、ダイナミズムの欠如とみるか、まあ、両方でしょう。
何はともあれ、ハッピーエンドで終わります。めでたしめでたし。

探偵役のInspector Collier

Collierは、どちらかというと地味なキャラクターで、この作品ではあまり目立ちません。作者の視点は、Corinna LacyとElbert J. Pakenhamにあるので、当然なのかも知れませんが。今後の作品でも、Collierは、サブキャラで狂言回し的な役割を担うのでしょうか。

Daltonの著作について

Daltonは、原書をよく読んでいた2000年前後には、なかなか見つからなかった作家です。一作だけ"Body in the Road"を持っていますが、10ドル以上しました。それがeBookで復刊され、238円で読めるのですから、良い時代です。

さて、忘れられたクラシック・ミステリ作家の大御所といえば、John Rhode(Miles Burton)ですが、こちらもeBookでの復刊が進んでいるようですね。

最後に一言

この作品を下敷きにして、乱歩に書いて欲しかったなあ(笑)。