The Howling Beast ( Noel Vindry )
不可思議な事件を論理的に解決する手法は評価するが、ひねりのない結末にはがっかり。
今回は、John Pugmireが主催するLocked Room Internationalシリーズの中から、Noel Vindryの「The Howling Beast(1934)」を読んでみます。このシリーズ、最近では鮎川哲也の「赤い密室」が訳されたり、まさしく「国際密室叢書」という感じ。
Noel Vindry とは?
フランスの作家ですが、全く知らない名前ですね。ノエル・ヴァンドリーでいいのかな。何しろフランス語は文法どころか読み方もわからないので、あしからず。Bencolinを「ベンコリン」と読むような輩ですから(笑)。
さて、序文によると、
Noel Vindry (1896-1954), wrote twelve locked room novels between 1932 and 1937, of a quality and quantity to rival his contemporary, John Dickson Carr (1905-1977), the American writer generally acknowledged to be the master of the sub-genre.
なんて書いてあります。「ディクスン・カーに質量ともに迫る」なんて、まあ話半分でも大したもの。
しかしながら、
Yet today Vindry remains largely forgotten by the French-speaking world and almost completely unknown in the English-speaking.
「現在、フランス語圏では忘れられ、英語圏では全く知られていない」と一気に落とされています。まあ、あまり大きな期待はしないほうがよさそうですね。
始まりは...
さて、「The Howling Beast」ですが、こんな感じで始まります。
休暇中の治安判事M. Allouは、Pierre Herryという青年に偶然出会い、昼食を奢ることとになった。そこでPierreは、現在「殺人事件の容疑者として追われている身」であることを明かし、不思議な事件について語り始めるのであった。その状況は、彼自身ですら「自らの潔白を疑う」ような状況なのだという。
4年前の失踪事件
発端は4年前、Pierreが友人であるRobert Saint-Luceの屋敷に招かれたことから始まる。Robertは、かつてインドで狩猟を行っていたときの仲間で、虎に襲われそうになっていた彼を助けたという因縁を持つ。
Pierreが到着したときには、セルビア人のエンジニアであるCarlovitchと、彼の妻Soniaがすでに滞在していた。Pierreは、すぐに彼女の美貌に惹かれるが、RobertもSoniaに強い執着を持っていることを直感する。
彼の屋敷は、荒れ地の暗い森の中にあり、周囲は高い壁と堀に囲まれている。入口は鉄格子が上下する仕組みになっており、誰も侵入できない構造で、まさしく城であった。
獣の唸り声と謎の襲撃
とある深夜、Pierreは、不気味な獣のような唸り声を聞く。その直後、暗闇の中で不審な人物による襲撃をうけるが、なんとか撃退する。暴漢は、続けてRobertにも襲いかかったようだったが、救出に駆け寄ったPierreともども、なんとか危機を脱することができたのだった。
その後の調査で、「セルビア人のCarlovitchが失踪している」ことが判明する。
一連の暴行は、嫉妬に駆られた彼の犯行と推測された。色恋沙汰の事件ということで、事件は表沙汰にされなかったのでだが、思わぬことから大事となっていく。警察に密告状が寄せられたのである。それによると、
Carlovitchは殺害されて、城内に隠蔽されている..
のだという。
警察は、城の内外を徹底的に調査し、警察犬まで導入するが、Carlovitchの死体はどこからも発見されなかったのであった。これが4年前の事件である。
新たな事件の始まりは...
新たな展開は、「Pierreが再度城を訪れるところ」から始まる。
そこでは、Robert Saint-LuceとSoniaが暮らしていたのだが、平和な暮らしではなかった。
深夜になると、4年前にPierreが聞いたような野獣の唸り声が再三発生したうえ、不思議な脅迫状まで来ていたのである。
Robertがその昔、インドから不正に持ち出してきた仏像があるのだが、「それを返せ」というのだ。ところが、その仏像が突然城内から消えてしまったのある。交渉に応じられないRobertの元に、再度警告が来る。
獣が3回唸ったときに、お前は死ぬだろう..
城内には、Robertの甥であるGustave Arancも滞在していたのだが、Pirreは最初からこの男に好感が持てなかった。Soniaに色目を使い、それを隠そうともしない。結局、Gustaveは、Robertの怒りをかって、城から追放されてしまう。
城に閉じこもるRobert、Sonia、Pierreだったが、悲劇は彼らに襲いかかることとなった。
ここまでで、約2/3が経過。この後、ようやく殺人事件が起こりますが、これ以上の筋の紹介は、興味を損ねる恐れがあるので、このあたりにしておきましょう。
その後の展開
Pierreの話を聞き終えた判事のM. Allouは、捜査担当者を呼び出し直接話を聞き出すは、担当判事のもとまでPierreは連れていき、共同捜査に乗り出すはで、なかなか行動的なのである。彼が導き出した結末は、如何に..
読み終えて..
この時代のフランス不可能犯罪物については、ボアローとナルスジャックのくそつまらない作品にうんざりさせられたこともあって、信用していなかったのですが、この作品は悪くありません。
まず、殺人が起きるまでの長い展開を、読者の興味を損ねることなく進めていく技量に感心しました。そういう意味では、リーダビリティは悪くない。
次に、事件の真相には全て合理的な説明がなされています。読了後、事件を頭の中で再構成してみると、矛盾なくそれぞれのピースが当てはまりますから、論理的整合性も保たれています。
しかし、なにか物足りない。
この作品のように、限られた登場人物で構成されたミステリには、何らかのひねり、ちょっとした意外性が不可欠のように思いますが、この作品にはそれがない。なにか「数学の証明問題の解法を、ただただ読まされている」ような味気なさを感じてしまうのです。
この作者は、多分頭の良い人だったのでしょう。ただ、残念ながら、作家としてのケレン味がない。その結果として、「フランス語圏では忘れられ、英語圏では全く知られていない」ことになってしまった、そんな感じがします。
同じ”Locked Room International“シリーズから出ているThe Seventh Guest ( Gaston Boca )も、中世からある城を舞台にした作品でしたが、当時はこんなゴシックロマンのような作品がもてはやされたのかもしれません。
あまり論理的でなかったBocaの評価が、この作品より高くなったのは意外かもしれませんが、「ミステリといえども、まずは物語としての面白さが一番」ということですね。