The Murders near Mapleton ( Brian Flynn )
ケレン味たっぷりの展開が楽しめる一品。この作者はやってくれます。
Brian Flynnの作品は、処女作The Billiard Room Mystery(1927)と第二作のThe Case of Black Twenty-Two(1928)を紹介していますが、今回は四作目にあたる「The Murders near Mapleton(1929)」を読んでみようと思います。
こんな話
クリスマスの夜、Mapleton地方の名士Sir Eustace Vernonの邸宅では、彼の姪や友人を集めたパーティが催されていた。ところが、そのパーティの途中、主人のEusticeが急に中座しなければならないと言い出したのである。唖然とした一同を前に、彼は怯えた表情で退出していく。これが惨劇の始まりであった。
取り残された参加者の前に、女中の叫び声が辺りに響く。部屋の窓が空いているのを不審に思った彼女が中を覗くと、飛び出してきた何者かが彼女を押し倒して逃げたというのだ。暴漢は女性のようだった、と彼女は言う。
この事件を受け、音沙汰のないSir Eusticeの動向が心配になったパーティ参加者は、邸宅内外を捜索するのだが、車庫から車が消えていることを発見する。どうやら彼は自ら車を運転してでかけたようなのである。
追い打ちをかけるように、今度は執事であるPurvisの死体が発見されたのである。出席者の医師によると、毒によるものであると言う。さらに、医師は意外なことを告げたのであった。なんと、死んだ執事のPurvisは、男性ではなく女性であるというのだ。なぜ、彼女は男装までして、Eustice家に入り込んでいたのだろうか。
急遽警察から駆けつけたCraig警部は、状況の把握を急ぐが、その最中彼のもとに外部からの連絡が入る。何と、今度はSir Eusticeの轢死体が発見されたというのである。
この死体を発見したのは、警察署長のSir Austin Kembleと、友人のAnthony Bathurstであった。(ちなみに、Anthony Bathurstというのは、Flynnの作品におけるレギュラー探偵です。)
ここまでで、約1/4。目まぐるしく展開で一気に読ませます。
その後、邸内からSir Eustice遺書めいた文書が発見されたこともあって、その死は当初自殺かと思われたのだが、検視によって背後から射殺されたことが判明する。さらに、毒死した執事のPurvisと、Sir Eusticeの両名ともクリスマス用の赤いボンボンに書かれた脅迫文書を持っていたのである。そこには、「残り1時間だ。今夜報復を受けることになるだろう。」と書かれていたのであった。Sir Eusticeのパーティからの退出は、これを恐れてのものだったのだろう。Sir Eusticeと執事のPurvisには、何らかの過去があり、それがこの一連の事件の動機なのでは、と推測されたのである。
読み終えると..
序盤の展開から、いわゆる「過去からの復讐者パターン」だろうと容易に推測できるので、ホームズ物の長編のように、どっかから見知らぬ犯人を連れてきて、延々と因縁話を聞かされるのでは、といささか心配になりましたが、幸いなことにそれは杞憂に終わりました。
それどころか、終盤の解決に至る展開には読者の虚を付く意外性が盛り込まれており、よく考えられています。犯人のトリックには、いささか現実性にかける部分はありますが、許されるレベルでしょう。
先に、「序盤の展開は一気に読ませる」と述べましたが、中盤からは若干停滞が見られます。BathurstやCraigといった捜査関係者による尋問が中心で、内容はすでに判明している事実の確認や繰り返しが多くなって、序盤の速いテンポがスポイルされる結果となっています。
主人公のAnthony Bathurst自体も、個性に乏しく面白みがないので、あまり魅力的な探偵役ではありませんし、今回は引き立て役のワトソンもいないので、Bathurstの推理を際立たせる動きもなく、中盤は全体にいささか冗漫と言わざる得ません。
パーティの出席者には、唯一の近親者である姪とその婚約者、市長夫妻、医者、牧師と多岐にわたるわけですから、彼らの視点をうまく取り入れれば、中盤をうまく構成できたうえ、ラストの説得力もより増したのではないでしょうか。「クリスティだったらうまく書いたろうな」、そんな気がしてなりませんが、それが出来るようなら、Flynnが「忘れられた作家」になることはなかったでしょうね。
しかし、それでも終盤の意外性のある展開には感心しました。先にトリックの現実性について述べましたが、そもそもFlynnという作家は、そんな細かいことは気にもかけず、「常に読者を驚かそうという発想」で書いていたのではないか、そんな気がします。個人的にこれは大歓迎なので、今後の作品に期待したいと思います。