The Vampire Tree ( Paul Halter )
過去に不思議な事件が起きた館に移住した夫妻の周りで起きる連続猟奇殺人。ストーリーはいささかくどく、解決も陳腐かな。
現代における不可能犯罪ミステリの第一人者 Paul Halter「L’arbre aux doigts tordus(1996)」の英訳「The Vampire Tree」を読んでみます。おなじみ「Locked Room International」の一冊です。
Halter の作品は、すでに 「The Picture from the Past(1995)」 と 「The Man Who Loved Clouds(1999)」 を読んでいますが、今回はどんな作品なのでしょうか。
こんな話
孤独な女性 Patricia が、汽車に乗り田舎町 Lightwood に出向くところから話は始まります。
戦争孤児であった Patricia は、名門の出である Roger Sheridan と出会い、数ヶ月の短い交際を経て結婚、彼の故郷である Lightwood 行きの列車に乗り込んでいた。夫の Roger は、そこで家を再建しようとしていたのである。
駅に着いたPatricia だが、迎えに来ているはずの Roger と行き違いになってしまい、新居に一人で入ることになってしまう。
旅の疲れから寝入ってしまった彼女は、不気味な夢を見る。なんと窓外にある樹木が彼女を絞め殺しに来るというものであった。
その大木は、魔女が死者を埋葬した場所とされる伝説があるのだが、それのみならず、過去に不思議な事件が起きていた。
当時の当主 Eric Sheridan が、その木の下で絞殺されているのが発見されたのである。ところが、その木に近づいた足跡は彼自身のものだけであり、他の人間が近づいた痕跡は何もなかったのだ。事件当時、邸宅内に残っていた婚約者 Lavinia に容疑がかかるが、何の確証もないまま未解決になってしまったという。
残された Lavinia は、当時の状況を克明に残しており、今でもその日記は邸宅内に保管されていた。日記を Roger から渡された Patricia は、その内容に引き込まれてゆく。読み進んでいくにつれ、まるで自分自身が Lavinia になっているような錯覚を覚えるほどであった。夫の Roger も、当時の衣装を彼女に着せて、 Lavinia と呼ぶほどのめり込んでいたのである。
一方、この村の周辺では、現在幼児連続殺人という猟奇事件が起こっていた。被害者は絞殺後に喉を切られ、血を抜き取られているのだという。犯行手段から異常者の仕業とされたが、村では吸血鬼によるものという噂も流れていた。
そんな状況下、スコットランドヤードの Inspecter Hurst は、盟友である Dr.Twist とともに、この村に出向くことになるのだった..。
読み終えると..
今回の作品はミステリー的な要素が少なく、本来の Halter の作風を期待すると裏切られることになるでしょう。持ち味である不可能犯罪は、過去の殺人における足跡トリックだけなのですが、これにはがっかり。こんな偶然が積み上がった都合の良い展開では読者を失望させるだけです。現在の連続殺人における犯人設定を一ひねりするところはさすがですが、いささかアンフェアな感も逃れません。
この作品で、作者が目指したのはゴシック風の怪談なのでしょう。しかし、Patricia 視点の展開は少しくどく、その周辺に Roger の友人である彫刻家、勘が鋭い放浪者、悪魔に異常な興味を持つ牧師など一癖ある人物を配置していますが、終盤がいささかもたつくこともあって、今ひとつ盛り上がりません。要するに、この作者、あまり人物描写がうまくないのです。このあたりが、ディックスン・カーを凌駕できない点でしょう。
さて、そんなストーリー展開もあってか、今回の Dr.Twist ですが、一体何をしにやってきたのかよくわかりません。連続殺人物の名探偵は「最後の一人が殺されるまで何もしない」のがミステリーの常道ですが、今回はそれこそ本当に何もしません。彼が解明すべき謎らしい謎がない話だったということなのでしょうね。