こんな探偵小説が読みたい ( 鮎川哲也編 )

「読みたい」と思っているうちが華。そんな思いのする作品集でした。


題名 作者 評点 コメント
監獄部屋 羽志主水 8.5 [大正15年3月]「今様赤ひげ先生」新青年傑作選3 恐怖・ユーモア小説編で読了済。
蚯蚓の恐怖 潮寒二 5.0 [探偵実話 昭和30年11月]「実直なグロテスキスト」夫の失踪は友人による殺害と疑う妻だったが。妙に怪奇的に盛り上げようとするが、グロなだけで面白くない。
可哀想な姉 渡辺温 7.0 [昭和2年10月]「夭折した浪漫趣味者」新青年傑作選2 怪奇・幻想小説編で読了済。
網膜物語 独多甚九 4.0 [昭和22年2・3月合併号]「ただ一度のペンネーム」宝石推理小説傑作選1で読了済。
雪空 大慈宗一郎 6.5 [探偵文学 昭和11年新年号]「初の乱歩特集を編んだ」一人称の語り口と少しひねったラストは悪くない。
里見夫人の衣裳鞄(トランク) 岩田賛 6.0 [探偵クラブ 昭和27年6月増刊号]「『Zの悲劇』も訳した技巧派」面白い展開なのだが、ラストのひねりが効いていない。
風の便り 竹村直伸 8.0 [別冊宝石 昭和33年3月]「『宝石』三編同時掲載の快挙」死者は語らず 宝石傑作集1・本格推理編で読了済。
牧師服の男 大庭武年 5.0 [犯罪実話 昭和7年5月]「草原(バルガ)に消えた郷警部」犯人の成り代わりトリックがミソなのだろうが、筋書きをなぞっただけで面白みに乏しい。
豹介、都へ行く 九鬼紫郎 4.0 [ぷろふいる 昭和22年4月]「名編集長交遊録」荒唐無稽な展開でよくわからん。
渦の記憶 白井龍三 [別冊クイーンズマガジン 1960/Summer]「医学博士のダンディズム」別冊クイーンズマガジン 1960/Summerで読了済。
初釜 藤井礼子 6.5 [宝石 昭和35年2月臨時増刊号]「『宝石』新人賞大貫進の正体」茶席を舞台にした趣向は良いが、展開が遅くまとまりが良くない。惜しい作品だと思う。
阿知波五郎 3.0 [別冊宝石 昭和26年12月]「『めどうさ』に託した情熱」死を覚悟した女は密閉された書庫に自らの身を閉じ込める。何のひねりもない話で、ただモノローグが続くだけで退屈。

編者の鮎川哲也には「幻の探偵作家を求めて」という著作があり、その序文で次のように語っています。

「戦前のミステリーがまだ探偵小説と呼ばれていた時代に、多くの先人たちが、ただただミステリーを愛するがゆえに、稿料なんぞは度外視して書き綴った。こうした人々が日本のミステリーの基盤をきずいた功績を忘れることはできないが、大半がプロ作家ではなかったために写真一枚すら読者の眼にふれる機会はなく、今日ではその経歴を明らかにする手だても失われつつある。いまのうちに何とかしておきたいという思いは、つねづねわたしの念頭を去らなかった。」

「推理小説専門誌「幻影城」が発刊され、島崎博編集長から挨拶の電話があったとき、わたしはすかさず消えていった余技作家たちの探訪を持ちかけると、面白い、その企画を貰いましょうという返事を得た。即決であった。のちに探訪ではなくて「尋訪」ということになったが、これは島崎氏が中国の古典のなかから発見してくれたものである。」


というわけで、「幻の作家尋訪記」という連載が生まれたわけです。
さて、この連載ですが、中途で「幻影城」は廃刊になってしまったので、その後は「問題小説」に舞台を移して続けられたうえ、1985年に晶文社から「幻の探偵作家を求めて」として一巻にまとめられました。

ここでは、下記の21作家が取り上げられています。

01 ファンタジーの細工師・地味井平造(幻影城 1975/05)  
02 ルソン島に散った本格派・大阪圭吉(幻影城 1975/06)  
03 深層心理の猟人・水上呂理(幻影城 1975/07)  
04 海恋いの錬金道士・瀬下耽(幻影城 1975/08)  
05 雙面のアドニス・本田緒生(幻影城 1975/09)  
06 凧を抱く怪奇派・西尾正(幻影城 1975/10)  
07 国鉄電化の鬼・芝山倉平(幻影城 1975/11)  
08 「蠢く触手」の影武者・岡戸武平(幻影城 1976/03)  
09 べらんめえの覆面騎士・六郷一(幻影城 1976/04)  
10 気骨あるロマンチスト・妹尾アキ夫(幻影城 1976/05)  
11 錯覚のペインター・葛山二郎(幻影城 1976/07)  
12 暗闇に灯ともす人・吉野賛十(幻影城 1976/08)  
13 〈不肖〉の原子物理学者・北洋(幻影城 1976/11)  
14 アヴァンチュウルの設計技師・埴輪史郎(幻影城 1977/01)  
15 夢の追跡者・南沢十七(幻影城 1977/04)  
16 ミステリーの培養者・米田三星(幻影城 1977/06-07)  
17 一人三役の短距離ランナー・橋本五郎(幻影城 1978/08)  
18 乱歩の陰に咲いた異端の人・平井蒼太(問題小説 1983/05)  
19 豪雪と闘う南国育ち・蟻浪五郎(問題小説 1983/11)  
20 ロマンの種を蒔く博多っ子・赤沼三郎(新稿 1985/07)  
21 せんとらる地球市の名誉市民・星田三平(新稿 1985/07)  

今回の「こんな探偵小説が読みたい」は第2弾で、作家尋訪と共に作品も掲載されています。ただ、幻の作家になるには、それなりの理由があるわけで、はっきり言ってしまえば、読んで面白い作品は極めて少ない。この作品集もその例に漏れません。

この巻での唯一の例外は、羽志主水「監獄部屋」でしょう。「新青年傑作選」の傑作選を選ぼう(総括「新青年傑作選」を読む)でも述べたように、わたしはこの作品を「『新青年』三大傑作の一つ」として評価しております。
羽志主水自身のエピソードも非常に興味深いものがあります。子息が語るには歌舞伎や落語の大ファンで、
「先年亡くなった圓生は、病気のときにも世話になったし噺のことでもいろいろ教えられたといって、『圓生全集』のなかでおやじの話をかなり精しく書いてます。松橋先生(羽志主水のこと)がなかなか笑ってくれないので、どうにかして笑わせたいということを修業の励みにした、なんてことも書いてあります」
とのこと。あの昭和の名人、三遊亭圓生にここまで言わせるとはすごい。

晶文社 昭和一九九二年九月一日発行 445ページ 3200円

幻の探偵作家を求めて」と「こんな探偵小説が読みたい」の2巻、最近復刊されたようですね。