暗黒の秘儀 ( H.P.ラヴクラフト )

中盤からの作品はラヴクラフトの魅力を伝える力作ぞろい。


題名 作者 評点 コメント
海神ダゴン H.P.ラヴクラフト 5.0 ありがちの展開で、いまひとつ響かない。
白い帆船 H.P.ラヴクラフト 5.0 エキゾティックな幻想譚。こんな作品も書くのか。
夢の都市セレファイス H.P.ラヴクラフト 5.0 ラヴクラフト自身の夢想なのだろう。
海底の神殿 H.P.ラヴクラフト 4.0 同じことの繰り返しで、読み進むのが辛い。
エーリッヒ・ツァンの音楽 H.P.ラヴクラフト 7.0 孤独の老音楽家の演奏には鬼気迫るものがある。
アウトサイダー H.P.ラヴクラフト 7.5 作者の内面の投影なのだろうが、題名を含めてうまく書かれている。
暗黒の秘儀 H.P.ラヴクラフト 6.5 深夜の儀式が印象的だ。
納骨所の中で H.P.ラヴクラフト 7.0 墓に閉じ込められた男の恐怖体験談。ラストのオチはなかなか強烈。
クートゥリュウの呼び声 H.P.ラヴクラフト 8.0 クートゥリュウ神話の中核となる話。地の文だけで恐怖を盛り上げる筆力に感心する。
戸口の怪物 H.P.ラヴクラフト 7.5 魂を奪われていく男の描写は迫力がある。
冷気 H.P.ラヴクラフト 6.0 冷え切った部屋に閉じこもる医師。結末は月並みで盛り上がらない。
超時間の影 H.P.ラヴクラフト 6.5 巨大遺跡のイメージには圧倒されるが、少し長すぎて退屈さを禁じ得ない。
月の沼 H.P.ラヴクラフト 6.5 呪われた沼の出来事がうまく描かれている。
恐怖小説の系譜 H.P.ラヴクラフト 約半分の訳出とのこと。
H.P.ラヴクラフトの生涯 仁賀克雄
作品解説
H.P.ラヴクラフト作品リスト
解説 荒俣宏
訳者あとがき

 仁賀克雄編集によるラヴクラフト傑作集で、帯に『怪奇の巨匠 本邦初出版』とあります。これ以前に、世界恐怖小説全集(全11巻 平井呈一編 東京創元社)の一巻としてアンブローズ・ビアスとラヴクラフトが三作ずつ収録された作品集がありますが、単独のアンソロジーとしては、これが最初のものになるようです。

この作品集の成立について仁賀克雄は、後にソノラマ文庫で復刊された際の『あとがき』で下記のように語っています。

ラヴクラフトの作品の魅力に取り憑かれた私は、『図書新聞』にアーカム・ハウスとラヴクラフトについての一文を書いた。これに目をとめられたのが、評論家山下武氏で、 氏も隠れたラヴクラフティアンで、彼の作品を邦訳して欲しい、出版社を紹介するからぜひというお手紙を戴いた。 全く一面識もなかった氏からの慫慂に感激した私は、ラヴクラフトの作品から全容のわかる諸傾向の中短編を選び、非才も省みず翻訳に取り組み、創土社の井田一衛氏の御尽力で出版にこぎつけた。
ラヴクラフトの愛した画家グスタフ・ドレの画集を所持していたので、内容にふさわしい絵を選び、表紙絵として函に印刷、帯には渋澤龍彦氏の序文を戴いた豪華本となり、千五百部限定、定価千二百円だった。

 収録された作品ですが、中盤の「エーリッヒ・ツァンの音楽」以降の作品は、どれも読み応えのある作品揃い。「クートゥリュウの呼び声」を頂点に、ラヴクラフトの魅力が十分堪能できる作品集と言って良いでしょう。

 ただ、作品の並びに一工夫あっても良かったかもしれません。基本的に年代順に並べているのでしょうが、前半の作品は10ページ足らずのもので、その内容も素材だけのものだったり、ラヴクラフトとは思えないファンタシーめいた作品であったりといささか物足りません。「本邦初」である読者を一気に掴むには、後半の作品を全面に押し出した並びのほうが良かったのではないでしょうか。

 こんなことを考えるのは、2年後に創元推理文庫でまとめられた「ラヴクラフト傑作集」のラインアップ(下記)が頭にあるからです。

インスマウスの影  
壁のなかの鼠  
死体安置所にて  
闇に囁くもの  

そう、一作目が「インスマウスの影」。この作品が面白くなければ、ラヴクラフトに縁はないと思ったほうが良い、そんな作品ですから。まあ、創土社の本を購入するような人は、こんな些細なことにこだわらず全作読んだのでしょうけどね。


創土社 昭和47年5月30日初版発行 445ページ 1200円