死角 読者への挑戦 傑作集 ( 高木彬光他、中島河太郎選・解説 )

「犯人当て」傑作選ですが、小説としても面白い作品が多いことに感心。


題名 作者 評点 コメント
影なき女 高木彬光 6.0 探偵小説年鑑で読了済。
闇の欠陥 森村誠一 5.0 犯人の手抜かりを指摘させる倒叙もの。パズルであり、小説としては面白くない。
獅子 山村正夫 8.5 [宝石 昭和32年11月]現代の推理小説(第2巻) 本格派の系譜で読了済。
E・Pマシン 佐野洋 7.5 [宝石 昭和35年3月]死者は語らず 宝石傑作集1・本格推理編で読了済。
白い蛇 鷲尾三郎 4.0 [宝石 昭和28年増刊]こんな一貫性のない謎が解けるわけもない。犯人当てとしても小説としてもつまらない。
雛の女 笹沢佐保 7.5 小説としてうまくまとまっているので、謎にしっかり焦点が当たっている。意外な解決も面白い。
天国の活人 海渡英祐 7.0 [推理界 昭和44年5月]名探偵オールスター登場と「天国の活人」というアイディアは素晴らしいが、謎の設定は今ひとつ。残念な出来。
風の夜のギター 大谷羊太郎 6.5 小説としての面白さはないが、犯人当てテキストとしてはよく出来ている。
達也が嗤う 鮎川哲也 8.0 [宝石 昭和31年10月]記述トリックがよく出来ている。小説としても面白く読めるのはさすがだ。

死角 読者への挑戦 傑作集」に収録された犯人当て小説は、探偵作家クラブの新年会で朗読されたものです。この試みの由来については、解説で編者の中島河太郎がまとめています。
『せめて正月の例会だけは、幾分でもくつろごうというので、犯人当て小説の朗読を試みたのが、昭和二十四年である。当時のクラブ書記長・渡辺健治氏の発案だったと思うが、作者として白羽の矢が立ったのは、高木彬光氏だった。』

この作品は、高木の代表作の一つとされる「妖婦の宿」ですが
『賞品は一等が鳥の肉で、正解者がなければ出題者に贈られるという定めである。当時まだ窮乏生活に耐えていた高木氏は、「妖婦の宿」に自信があって、家を出るとき、今夜のお菜は用意しなくてよいと言いおいたほどであった。』
という有名なエピソードを紹介しています。なお、今回この作品は『諸種の本に収められているから、ここでは割愛することにした。』とし、その翌年再び高木が挑んだ「影なき女」が収録されています。
また、問題編の『朗読は会員の黒部竜二氏が担当して、その名調子を聞かせるのが恒例になった』とのこと。

さらに、
『犯人当て小説は決して容易なものではなかった。一般読者を相手にするのではなく、作家や愛好家を対象にするのだから、出題者の考えるようなあの手この手の手の筋は読まれてしまうのである。
例えば、笹沢左保氏の「羅の女」の解答は、作者自身の解決よりも、星新一氏の解答の方が、どんでん返しが きいていて面白いという意見が出た。作者である笹沢氏 までがその意見に賛成し、第一位は星氏に贈りたいという雰調気になってしまったことがある。』
その難しさを強調しています。
このような事情から、出題者が払拭して中断していたとのことですが、昭和44年度から乱歩賞受賞作家が担当することになったようです。この本は昭和47年の出版ですので、海渡英祐、森村誠一、大谷羊太郎、斉藤栄と続いていますが、その後どうなったかは不明です。


さて、この作品集の中では、山村正夫の「獅子」が飛び抜けた傑作ですが、これが「新年会の犯人当て」として書かれたとは知りませんでした。しかし、この作品、犯人を推定するのは難しいでしょう。
次点は鮎川哲也の「達也が嗤う」。再読でしたが、やはりこの記述トリックは面白いですね。

本書には掲載誌が記載されていないので、わかった限り補完しておきましたが、森村と大谷の作品は不明。森村誠一の「闇の欠陥」は「推理界」、大谷羊太郎の「風の夜のギター」は「推理文学」に載っていたような記憶があるのですが..。


「双葉推理小説シリーズ」が何冊出版されたのかはわかりませんが、前半は既成作家の作品集でした。しかし、後半双葉社発行の雑誌「推理ストーリー→小説推理」新人賞作家の作品を出版していることが注目に値します。
まずは、石沢英太郎「カラーテレビ殺人事件」。これは後に講談社文庫から「羊歯行・乱蝶ほか」として再刊されていますが、どの作品も読ませる短編集です。
最も評価が高いのは、中町信の書き下ろし「新人賞殺人事件」でしょう。この作品は、その後徳間文庫を経て、創元推理文庫で「模倣の殺意」改題され、かなり売れたようです。また、山村直樹「追尾の連繋」という作品もありました。


双葉社 1972年1月20日初版 268ページ480円