探偵小説年鑑(1951年版) ( 探偵作家クラブ編 )

一定のレベル揃いだが、印象に残る作品に乏しい。


題名 作者 評点 コメント
断崖 江戸川乱歩 6.5 男女の対話だけで進む話。設定は面白いが、筋書は読めてしまう。
空中国の大犯罪 大下宇陀児 6.5 犯罪のない空中国に招かれた地球の探偵が主人公。作者にしては珍しいSF仕立てで面白く読める。
花売娘 大坪砂男 6.0 活劇映画を思わせる展開で読ませるが、ラストに爽快さがない。
心臓花 香山滋 6.0 人見十吉の秘境もの。怪異のイメージはなかなか迫力がある。
少女の尻に礼する男 木々高太郎 4.0 題名通りの話なのだが、男の告白が観念的で理解できない。探偵小説年鑑に載る話ではなかろう。
社会部記者 島田一男 7.0 リズム良く進む展開と正義感溢れる記者がよく書けている。
その夜 城昌幸 7.5 突如乱入してきた男は古代ローマからの来訪者のようだったが...オチが笑わせます。
影なき女 高木彬光 6.0 大げさな展開だが、これはご都合主義すぎる。
告白を笑う仮面 永瀬三吉 6.5 研究所長の殺人を巡る展開は、いささか予想はできるものの、よく考えられている。
悲劇の触手 水谷準 5.0 父親を誘惑する未亡人へ子どもたちは敵意を燃やすが..。何のひねりもない結末にはがっかり。
蓮華盗賊 山田風太郎 8.0 釈迦をめぐる殺人事件という設定がすごい。作者の筆力にも圧倒される。
百日紅の下にて 横溝正史 7.0 過去の毒殺事件を回想する二人の男。偶然が引き起こす皮肉な結末が面白い。
モンゴル怪猫伝 渡辺啓助 6.0 猫芝居劇団の座長殺し。ラストが今ひとつ冴えない。。
死と恋と波と 井上靖 6.0 偶然巡り合った、ともに自殺を図ろうする男女。悪い話ではないが、探偵小説年鑑に載る話とは思えない。

いつものように乱歩が序文を書いています。

  • 『昭和二十五年度は飜訳探偵小說盛行の年であつた。戦後、原作版権所有者に対する交渉の道が閉 れていたのが、二十四年末になつて、漸くその道が開けたので、先ず新樹社が「ブラック選書」 、続いて雄鷄社が「雄鷄ミステリーズ」を企画し、二十五年度中に両叢書いずれも十数冊の著名探偵小説を翻訳出版し、又、雑誌「宝石」は翻訳長篇一挙掲載を数ヵ月つづけたほか、翻訳長篇三篇又は二篇を收錄する別冊を年內に三冊も出すという有様で、その他汎書房の単行本などを加えると、一年間に長篇五十篇に近い海外作品が供給せられたのである。』

  • このような翻訳物の隆盛を喜ぶ一方で、
    『これに対して、日本の探偵小說は、やや影の薄い感じをまぬがれなかった。(中略)この不振は主として雜誌の側から来たものであった。二十五年の半ば頃から殊に強化された金融引締め政策の余波は出版界にも大きく作用し、基礎薄弱な書籍問屋の倒產相つぎ、それにつれて、戰後派出版社の大部分が影を消したのであるが、その同じ不況の影響は、三十年の歴史を誇る「新青年」にも及び、この年七月号を限りに休刊のやむなきに至った。(中略)
    「新青年」に代って、探偵作家唯一の本拠となった「宝石」誌は戰後の創立であり、戦後派通有の弱点を持たぬではなかったけれど、岩谷社長をはじめ、城昌幸君その他幹部の闘志により、幸にこの難局を打開し、社運を安定させることが出来た。しかし、二十五年後半期は難航中の難航で、編集も全くお座なりとなり、作家達の意気を乱喪せしめること甚しかつた。』
    と手厳しい。

  • この状況は新人作家にも影響があったと続けます
    『「宝石」は二十四年度に於て、新人の登場を促すために、百万円懸賞を発表して、長、中、短篇を募集し、二十四年末から二十五年にかけて、その各々の佳作を集めた 膨大な別冊四冊を発行したが、期待したほどの際立つた作家は得られなかった。 たとえ或る程度優れた作家があったとしても、もうその頃は宝石の経営上の難航がはじまっていたので、それらの作家を、第一期当選の新人達のように遇して、これを激励することが出来なかったのである。』

  • また、最後に「探偵作家拔打座談会」にも触れて
    『この年、「新青年」四月号に掲載された「探偵作家拔打座談会」の刺戟によつて、例の文学論と本格論の論戦が頻繁に行われた。文学論は木々君、本格論は私なのだが、新人諸君夫々の主張を活発に発言した。しかし、この問題は数年に亙って双方が云いたいことは云いつくした感じだし、 少くとも私としては、この議論はもう打ち切るつもりである。』
    もうこれ以上の感情的な論争はやめろと釘を差しているようでもあります。

二十五年度の探偵作家クラブ賞
【長篇】大下宇陀児「石の下の記録」 【短篇】島田一男「社会部記者」(その他)が受賞作と決定。受賞作以外に、「長篇」では岡田鯱彦「薫大将と匂の宮」中川透「ペトロフ事件」に多くの票が集まったとのこと。

年鑑に収められた作品の中では、山田風太郎が際立っています。「蓮華盗賊」はエキゾティック溢れる作品でしたが、後年の忍法帖につながるものを感じます。


附録

下記が掲載されています。

  • 探偵小説界展望
  • 探偵作家住所録
  • 探偵小説関係雑誌名鑑
  • 翻訳短編探偵小説目録 江戸川乱歩
    この年鑑には、序文、実作の「断崖」も入っているので、乱歩大活躍の年鑑と言えるでしょう。

岩谷書店 昭和二十六年十月五日印刷 昭和二十六年十月十日発行
定価二百六十円 326+48(『翻訳短編探偵小説目録』の横書き部分)ページ