13の密室 ( 渡辺剣次編 )

「密室アンソロジーといえばこれ」とでも言うべき一冊ですね。


題名 作者 評点 コメント
火縄銃 江戸川乱歩 5.0 [昭和七年 平凡社江戸川乱歩全集]特徴のないストレートな探偵物。習作と言うべきものなのでしょう。
蜘蛛 甲賀三郎 6.0 [昭和五年一月 文学時代]転落死させるトリックはなかなか面白いが、結末は今ひとつ。
完全犯罪 小栗虫太郎 8.0 [昭和八年七月 新青年]新青年傑作選集3 推理編3 骨まで凍る殺人事件で読了済。
石塀幽霊 大阪圭吉 5.5 [昭和十年七月 新青年]この手の錯覚トリックはつまらない。
犯罪の場 飛鳥高 5.0 [昭和二十ニ年一月 宝石]何の意外性もない機械トリック。よくアンソロジーに採られる作品なのだが、どこが面白いのか理解できない。
不思議の国の犯罪 天城一 8.5 [昭和二十二年二、三月合併号 宝石]短い中に本格物の面白を凝縮させている。マージョリー・アリンガムの「ボーダーライン事件」を思わせる秀作。
立春大吉 大坪砂男 7.5 [昭和二十四年ニ月 宝石]なんと言っても語り口が巧みである。トリックもなかなか面白い。
影なき女 高木彬光 6.0 [昭和二十五年 週刊朝日]探偵小説年鑑(1951年版)で読了済。
赤い密室 鮎川哲也 7.5 [昭和二十九年九月 探偵実話]日本代表ミステリー選集07 殺人者にバラの花束で読了済。
完全犯罪 加田伶太郎 8.5 [昭和三十一年三月 週刊新潮]犯人あての模範テキストのような本格ミステリ。過去の殺人を巡る推理ゲームという設定も面白いし、少し意外な犯人がうまくマッチしている。
密室の裏切り 佐野洋 6.0 [昭和三十六年十月 宝石]前半のわざとらしい描写で犯人の正体が割れてしまう。
梨の花 陳舜臣 7.0 [昭和三十八年 宝石臨時増刊 現代オール推理作家傑作集]歴史にヒントを得た密室の設定はいささか専門的すぎるが、面白い。
聖父子 中井英夫 6.0 [昭和四十五年 太陽]悪くはないが、このアンソロジーには似合わない一編である。
  • 帯に『ここに集めた密室小説は、構築の壮麗さとあやかしに満ちた装飾で、推理小説史上に輝く名篇ぞろいである。』とあります。いささか外れた作品もなくはありませんが、戦前から戦後まで各時代からのバランスの取れたセレクションは、編者の鑑賞眼の高さが伺えます。
  • 個人的に、この作品集が刊行された1975(昭和50)年は大学入学の年で、受験からの開放感もあり、買ったすぐその日に読み出した記憶があります。およそ45年ぶりに読み返してみましたが、今でも十分に楽しめるアンソロジーでしょう。
  • この中で異彩を放っている天城一ですが、当時はほぼ忘れられていた作家でした。しかし、前年の1974(昭和49)年に中島河太郎編「密室殺人傑作選」(サンポウノベルズ)で「高天原の犯罪」を、翌年の本アンソロジーでは「不思議の国の犯罪」が採用されたことで、本格ファンの注目を再度集めることになりました。
    商業出版では、この二冊が「天城一再評価の嚆矢」と言うべきなのでしょうが、それ以前に立教大学のミステリクラブが、同人誌で天城の作品を復刻していたような記憶があります。謄写版(ガリ版ですね)のものでしたが、わたしは「高天原の犯罪」を、そこではじめて読みました。
その後、天城は雑誌「幻影城」や鮎川のアンソロジーに鉄道物を書き、2004年には日本評論社から「密室犯罪学教程」を刊行。好評だったようで、「島崎警部のアリバイ事件簿」(2005年)、「宿命は待つことができる」(2006年)と3冊にまとめられました。
  • 鮎川哲也の密室物では、「赤い密室」が最も世評が高い作品ですが、わたしは「青い密室」が一番、続いて「白い密室」というあまのじゃく的な評価をしています。
  • 陳舜臣の「梨の花」も悪い作品ではないのですが、やはり「方壺園」の印象が強すぎます。

こんなふうに、「いろいろ言いたくなるようなアンソロジーは素晴らしい」ということでしょうね。

講談社 第1刷発行 昭和50年5月12日 286ページ 850円