夜に目覚めて、金髪の罠 ( ブレット・ハリデイ )

マイケル・シェーンを読む。


ブレット・ハリデイ(Brett Halliday)、本名デイヴィス・ドレッサー(Davis Dressoer)[1904-1977]は、テレビドラマにもなったマイアミの私立探偵マイケル・シェーンシリーズで有名な作家です。こちらの情報によると、

Dresser wrote fifty Shayne novels (with a little help from ghostwriters such as Ryerson Johnson) and twenty-seven more were written by Robert Terrall and published as paperback originals by Dell, still under the pseudonym Brett Halliday. So that’s 77 novels, over 300 short stories, a dozen films, radio and television shows and even a few comic book appearances.

とのこと。シェーン物の長篇は77作あるようですが、そのうち元祖ブレット・ハリデイが書いたのは50作未満ということのようです。それでも十分多いですけど。

実は、ハリデイのシェーンシリーズは、原書を読んでいたときに気に入って、処女作の「死の配当(Divided on Death)」から、Dell Booksで発表順に読んでいました。下記の採点を見て頂くとわかりますように、どれも平均以上の作品揃いです。

Title Publisher Point Comment Date
Divided on Death(死の配当)[1939] Raven House Misteries 6.5 第一作ということで割り引くが、大した出来でない。読みやすいのはありがたいが。 1999/08/30
The Private Practice of Michael Shayne(未訳)[1940] Dell Books 7.0 楽しく読めた。Shayneが掛けるトラップも楽しい。 1999/11/12
The Uncomplaining Corpse(未訳)[1940] Dell Books 6.0 今回は謎が面白くない。展開も平凡。 2000/01/24
Tickets for Death(未訳)[1941] Dell Books 7.0 最後まで読ませる。後味も悪くないが、犯人の動機は説得性が薄い。 2000/05/31
Bodies Are Where You Find Them(未訳)[1941] Dell Books 7.0 後半盛り上がった。謎そのものは大したことはないのだが、読ませる。 2000/09/19
The Corpse Came Calling(死体が転がり込んできた)[1942] Dell Books 6.0 シリーズ物の強みはあるが、出来そのものはいまいちか。 2000/11/23
In a Deadly Vein(殺人の仮面)[1943] Dell Books 6.5 最後に容疑者を集めてShayneが一席ぶつなど本格仕立て。大したことはないが。 2001/03/24
Heads You Lose(未訳)[1943] Dell Books 7.0 ラストの意外性が光る。やはりShayne物は面白い。 2002/02/02
Michael Shayne’s Long Chance(シェーン勝負に出る)[1944] Dell Books 7.5 楽しく読める作品。謎の構成もしっかりしていて、意外な結末も結構である。 2002/05/17
Murder and the Married Virgin(殺人と半処女)[1944] Dell Books 6.0 中盤の展開がすっきりしていない。ラストの意外性も大したことなし。 2002/10/29
Murder Is My Business(殺人稼業)[1945] Dell Books 6.0 悪い出来ではないが、展開が今一つで犯人の意外性が際だたない。 2003/05/23
Marked For Murder(未訳)[1945] Dell Books 7.5 久しぶりのマイアミを舞台に楽しい作品。犯人の設定も面白い。 2004/04/28
Blood on Biscayne Bay(ビスケーん湾の殺人)[1946] Dell Books 7.0 手紙をめぐる謎が小味だが楽しい。最後は容疑者を集めての謎解きも嬉しいところ。 2004/07/09
Counterfeit Wife(シェーン贋札を追う)[1947] Dell Books 6.0 最後に一同を集めるところなど楽しいが、展開が今一つ。 2005/04/23
Blood on the Stars(未訳)[1948] Dell Books 6.5 ちょっと時間をかけてしまったが、ちょっとした意外性もあり楽しく読める。 2006/08/18
A Taste for Violence(血の味)[1949] Dell Books 6.0 最後の意外性で救われた。中盤の展開は少し冗漫。 2008/07/01

初期のシェーンシリーズは、「死の配当」で知り合った富豪の娘、フィリスとの夫婦探偵物でしたが、これでは人気が頭打ちと判断したのでしょう、「Heads You Lose(未訳)」で夫人がお産で亡くなったという設定とし、新しくルーシイ・ハミルトンを秘書に据えたオーソドックスなハードボイルド物へと変更されています。
ルーシイとともにレギュラーとなるマイアミ署の署長ウィル・ジェントリー、新聞記者ティム・ラークという面々が協力して、あるときは反目しながらも捜査を進めるストーリー展開がこのシリーズの魅力と言えるでしょう。

今回は未読の中から2冊、ポケミス初登場(昭和32年)の「夜に目覚めて」、テレビドラマに合わせて再度刊行された際(昭和36年)の一作目「金髪の罠」を読んでみました。


夜に目覚めて(1954) HPB339 中田耕治訳


ポケミス初登場の本作は、シリーズ後期の1954年の作品であるうえ、作家のハリデイ自身が事件にまきこまれる異色作であり、これで本邦初登場というのには、いささか違和感をおぼえる作品です。


こんな話

話は、作者のブレット・ハリデイがアメリカ探偵作家クラブ(MWA)開催の「エドガー・アラン・ポー賞受賞記念晩餐会」に出席するシーンから始まります。

その席でハリデイは、作家志望のエルシイ・マリイという女性に誘われ、彼女の自宅まで出向いてしまう。そこで、彼女から書きかけの小説の評価を依頼され、その原稿を持ち帰る羽目となってしまったのである。
翌日、彼はエルシイに連絡を入れてみるが、電話に出てきたのは男、しかも刑事のような口ぶりであった。不審を抱いたハリデイは、友人の犯罪作家エド・レイディン(実在の作家)に連絡、状況を確認してもらうと、昨夜ハリデイが部屋を出た直後に、エルシイは殺害されたのだと言う。
第一容疑者となっているのは、彼自身のようなのだ。危機感を抱いたハリデイは、旧知の私立探偵マイク・シェーンをマイアミから呼び出し、助けを求めたのであった。

その後、現場からエルシイが手元に残していたはずの原稿の写しが紛失していたこと判明する。どうも彼女は、実際の事件を元にして小説を書いていたようで、その犯罪の関係者が彼女の口封じに動いたのではないかと推測された..。


読み終えてみると..

この作品、楽屋落ちのような発端は面白いのですが、中盤からの展開に全く精彩がありません。小説の内容から実際の事件へのつながりが明らかになる部分も、エド・レイディンのファイルから簡単に導かれてしまったり、肝心のハリデイ自身も途中で行方不明になってしまうなど、後半は腰砕けというしかありません。結末にも何の意外性もなく、シェーン物としてはレベルの低い作品と言わざる得ないでしょう。

一方で、冒頭の晩餐会において実在作家が多数顔を出したり、エルシイがハリデイに「君はどういうものを読むの」と聞かれ、

「あなたのものはもちろんだけど、私の好きなヘレン・マクロイという女流作家のものなんか。この作家の作品はご存知かしら?」
「よく知っているよ。」

なんて答えるシーンにはニヤリとさせられます(マクロイはその当時ハリデイの夫人)。
シェーン物の異色作として、こういった部分を楽しむのが、この作品の正しい賞味方法というところでしょうか。

なお、冒頭でハリデイは隣席となった作家ロバート・アーサーと話をしているのですが、この人も探偵作家クラブを舞台にした短篇「五十一番目の密室」(1951)を書いていましたね。

早川書房 昭和32年7月31日印刷発行 205ページ 定価160円


金髪の罠(1951) HPB833 田中小実昌訳


裏表紙の作品紹介には、「テレビで圧倒的な人気を呼ぶハードボイルド・ミステリ、マイケル・シェーン・シリーズ第一弾!」とあるように、実質この作品がシェーン本邦初登場の位置づけと言って良いでしょう。


こんな話

とある日、酒場でシェーンは、バート・ジャクソンという若い新聞記者に出会う。彼は友人のティム・ラークが買っていた若手だったが、現在の待遇に不満を持っているようであった。現在取材中の汚職絡みのスクープを、そのまま会社に報告するのは割に合わない、これを元になんとか1万ドル入手したいのだと言う。バートは、その特ダネをディム・ラークに売りたいので、シェーンに仲介を頼んできたのだった。バートは、なぜか現状ラークと不仲になっているようであった。不審に思ったシェーンは、早速ラークに連絡してみるのだが、ラーク自身の態度もなぜか曖昧ではっきりしない。

その深夜、自宅に戻ったシェーンは、警察署長のウィル・ジェントリーから、自分のオフィスに呼び出される。なんとエレベータ係の死体が彼のオフィスに転がっているというのだ。また、室内で何かを探していたのか、ひどく荒らされていたのである。

その翌日、テッド・ジャクソン自身も死体となって発見される。親友のティム・ラークは、ジャクソンの夫人であるベテイとの関係が疑われ、シェーンともどもウィル・ジェントリーから強い追求を受ける。
その騒動の中で、当のベテイは睡眠薬の飲み過ぎで前後不覚状態らしい。シェーンは警察の尋問を引き伸ばすため、懇意の医者をベテイの元に送り込み、さらには秘書のルーシイまで看護婦と偽り、ベテイの看護に潜り込ませてしまう。この辺りの展開は中々のケッサク、笑えます(笑)。

潜入したルーシイは、意識の戻ったベテイから「郵便を取りに行ってほしい」との依頼を受け取ることに成功するが、その後郵便局に向かったルーシイは、一足先に郵便物を取りに来た人物とひと悶着を起こすこととなる...。

そんな中、行方がわからなかったティムが頭を撃たれて、瀕死状態で発見される。現場では誤字だらけのタイプ遺書が発見されるが、シェーンは犯人の工作であることを疑わない。そこで、彼はある人物の犯行を告げるのであるが..。


読み終えてみると..

やはりマイアミを舞台に、ウィル・ジェントリー署長、ティム・ラークというレギュラーの面々が出てくると楽しく読めます。ラストでは、シェーンの推理が一旦外れてしまい、その後二転三転の素早い展開で真犯人を追い詰めていくのですが、この辺りもよく考えられています。すごい傑作というわけではありませんが、ハードボイルドのシリーズ物第一弾として、申し分のない出来でしょう。

早川書房 昭和36年3月25日印刷 昭和38年3月31日発行 196ページ 定価160円