真実の問題、生きている痕跡 ( ハーバート・ブリーン )

ハーバート・ブリーンを読んでみる。


ハーバート・ブリーン(Herbert Brean)[1907-1973]は、ミシガン州デトロイト生まれ。ミシガン大学卒業後、United PressDetroit Times を経て TimeLife のスタッフとなったジャーナリストですが、推理作家としても7冊の長編を発表しています。初期の4作はレイノルド・フレームを主人公とする不可能犯罪物であり、処女作の「ワイルダー一家の失踪」が最も有名な作品でしょう。
しかし、今回は少し趣向を変えて、それ以降の作品を2作読んでみます。


真実の問題(1956) HPB354 大門一男訳


 ブリーン5作目のこの作品は、これまでとは全くジャンルが異なる警察小説となっています。

 主人公であるオニール・ライアンは、新米の刑事。現在、彼は教育的な意味合いもあって、定年まじかの刑事ジャブロンスキーと組んでいた。
ある夜、彼らは強盗殺人事件の容疑者ハリイ・ダービイという男を尾行、かれの下宿に追い詰めていた。ところが、なんとか彼を確保したものの、目前で証拠を燃やされてしまう。
 決定的な証拠を消され、怒りに駆られたベテラン刑事ジャブロンスキーは、ライアンに証拠捏造を持ちかける。こいつが犯人なのは間違いない、こいつを電気椅子に送るのが正義であるとライアンは自分に言い聞かせ、彼は話に応じてしまうのであった..。

 自分の決断に迷いが生じていたライアンだったが、ある日決定的な事実が判明する。ハリイ・ダービイは、犯行時間に別の店に押し込みを働いていて、現場に明瞭な指紋を残していたのであった。ダービイの無実を知ったライアンは、自ら事件の解明を進めるざる得なくなってしまう。


読み終えてみると..

 警官による証拠捏造は、テレビドラマによくある設定で、それに悩む正義感ある警官というパターンもどこかで見たような気がします。しかし、当時としてはなかなか斬新なシチュエーションだったのだろうと思われます。また、この手の小説では主人公の苦悩が、これでもか、これでもかとばかりに書き込まれるケースが少なくないのですが、この作品は適度に抑えれており、読書の支障になるようなことはありません。さらに、最後に判明する犯人の正体にも意外性が盛り込まれており、ミステリー的にも満足の行く出来となっています。

早川書房 昭和33年3月31日印刷発行 277ページ 定価210円


生きている痕跡(1960) HPB655 鷺村達也訳


ブリーン6作目は雑誌記者ウィリアム・ディーコンを主人公とする本格物。

ある夜、ディーコンの事務所に幼馴染のアーチー・シンクレアが突然訪ねてきて、とんでもない話を始めた。彼によると、数ヶ月前に死んだはずの男が生きており、彼の周りをうろついているというのである。その男、ブリル・ブリルハートは作曲家であり、評判の良い男ではなかった。アーチーが彼の死を確信しているのは、大先輩にあたる作曲家が娘の恨みからブリルハートを銃で撃ったという告白を聞いていたからであった。にもかかわらず、死んだはずのブリルハートを最近見たという話があちこちから出ているのだという。
半信半疑だったディーコンだったが、アーチーと連れ立って出向いたクラブで意外な事実を聞かされる。クラブの若い歌手は、たった今ブリルハートと食事をしてきたのだと言うのだ。
アーチーの依頼を受け、事件を調べはじめたディーコンの前には、ブリルハートが生きているという証拠が次々に現れてきたのであった。彼は本当に生きているのだろうか。


読み終えてみると..

 実はこの作品再読です。最初に読んだのは、1973年8月1日。なんと51年前のこと。当時の感想を引用しておくと、

生きている痕跡(ハーバート・ブリーン):ハヤカワポケットミステリ:9.0
久しぶりに読んだ傑作。特に第一部が素晴らしい。,その不可能興味はそれだけで、優に一編構成される。第三部でブリルハートがチラチラ生きている痕跡を見せるのは、すぐ底が割れるけど。,とはいえ傑作。

と激賞。よほど気に入っていたようです。今回読み直してみると、それほどの傑作とは思えませんでしたが、現在でも通用する秀作だとは思います。人物像もうまく描かれていて、ディーコンとガールフレンドのトイット・トイット、ドーラン夫妻と好感の持てる登場人物とのやり取りが楽しく、面白い小説となっています。

早川書房 昭和36年8月25日印刷 昭和36年8月31日発行 262ページ 定価210円

この本は、1973年7月15日に購入したようです。当時、版元の早川書房は都内の書店で定期的に「ブックフェア」をやっていて、ポケミスなどの在庫品を販売していました。まだ版元在庫があったのか、というものも少なくなかったので、必ず出向いたものです。ちなみに、その日購入したものは下記のとおり。全部新刊です。

疑惑の霧        クリスチアナ・ブランド 210  
ハイヒールの死  クリスチアナ・ブランド 210  
ジョゼベルの死  クリスチアナ・ブランド 180  
生きている痕跡  ハーバート・ブリーン   210  
赤い鎧戸の下で  カーター・ディクスン   270  
死後           ガイ・カリンフォード    200  
サムソン島の謎  アンドリュー・ガーヴ   160