誰がロバート・プレンティスを殺したか ( デニス・ホイートリー )

犯人当てという制約がある中で、物語展開の面白さと構成のうまさに脱帽する。「マイアミ沖殺人事件」以上の出来で、是非一読をお薦めしたい。



「捜査ファイルを読む」 3冊めは...

デニス・ホイートリーとジョー・リンクスが組んだ2作目 “Who Killed Robert Prentice? (1937)” の翻訳「誰がロバート・プレティスを殺したか」を読んでみます。

まえがきで、作者のホイートリーとリンクスが「デニスとジョーの対話」と題し、前作「マイアミ沖殺人事件」の好評を下記のように語っています。

ジョー 本気でもう一冊作ろうというのかい。
デニス そうさ、ジョー。最初はそんなつもりじゃなかったが、見てくれ、この手紙の山を。皆、『マイアミ沖殺人事件』は面白かったと言ってくれてる。

ジョー たしかに思いがけないほどの好評で迎えられたね。どれくらい売れたか知ってるかい。
デニス 20万部といったところだろう。大英帝国とアメリカ合衆国での部数に、フランス、ドイツ、スウェーデン、オランダ、イタリア、デンマーク、ハンガリー、フィンランドの各国版を加えると、そのくらいになる。

とのこと。


こんな話

「マイアミ沖殺人事件」で有名になったシュワップ警部補は、視察団として英国に招待されるが、そこでセシリア・ブレンティスという女性から、夫ロバート・プレンティスの毒物死の調査を手紙で依頼される。

セシリア・ブレンティスは語る

夫人は当年38歳、戦争中にナイジェル・シーグレーブ大尉と結婚、長男アランを授かる。
幸せな生活が続くと思われたが、夫妻は休暇中の海岸で満潮に巻き込まれてしまい、夫人はなんとか難を逃れたが、夫のナイジェルは溺死してしまった。さらに、父親がなくなると、一家の生活は一気に危機状態となってしまう。
シーグレーブ家は名家だが、ロシアへの投資で財産を失ってしまっている。それでも、なんとかシーグレーブ家から年100ポンドを引き出したセシリアだが、その後は速記とタイプで生計を立てていた。彼女の生きがいは長男アランの成長だけだった。

父親の死後、母も体調を崩す。その療養に訪れたハロゲートで、彼女は二人目の夫ロバート・ブレンティスに出会うことになる。

ロバートは43歳、独身、家柄や身分も友人もなく、これといった特徴もない灰色の印象を与える人物であった。しかも兎唇で、当初は見るだけで嫌悪感を感じることもあった、とセシリアは言う。長年一人暮らしの面白みのない仕事人間であったが、戦時中に海運会社で一財産を作り、経済的には非常に成功した人物であった。

長男アランの将来を第一に考えるセシリアは、彼との結婚を決意。その後は順調な生活を送っていた。


そんな生活に大きな転機が訪れる。

ロバートの秘書を長年勤めたミス・ボグビンが、親戚からの遺産を受け継ぎ、かねてからの希望であった田舎に引退することになったのだ。

ミス・ボグビンは、後継の秘書としてスザンヌ・レトランジュという女性をロバートに推薦する。スザンヌは大変な美人だが奇妙な女で、どこか秘密めいたところがあった。

セシリアは、スザンヌが来て以来、ロバートの外食回数が増えていることに気づく。彼女はロバートの背広のポケットを探り、スザンヌが住んでいるリッチモンドの駐車券を見つけた。
関係を疑った彼女は、ロバートの机の合鍵を造り、確かな証拠を入手。アランのために財産を一銭といえども渡さない覚悟でロバートを攻め立てる。ロバートは反省してはいるが、今はどうしてもスザンヌから離れれないと言う。


「時間が解決する」と考えた彼女は、母のもとへ別居することにしたのであった。
そんなある日、アランからロバートが事故にあったとの一報が届く。

現場と遺留物

ロバートの死はストリキニーネ中毒によるもので、死体は「ホワイトダウン・コテージ」で発見された。このコテージは、かつてロバート・プレンティスが、ミス・ボグビンに贈与したものであったが、この6月からロバートが借り受けている。この朝までの生存が確認されているが、前夜に仕掛けられた毒薬によってなくなった可能性もあるという。

また、現場からいくつかの遺留物が発見された。

  • ロバートからスザンヌへの手紙
    アランとスザンヌが結婚するということを知っての怒りに満ちた文章である。「お前にもアランにも、1ペニーもやるつもりはない」とあった。
  • ベルギーの切手
    外国人を対象にした捜査で、ナサニエル・スミアズという人物が浮かび上がる。彼は、ミス・ボグビンの義理の弟で、ブレンティスのブリュッセル代理店をやっていたが、数週間前にクビになっていた。
  • 写真の断片
    ホワイトダウン・コテージの一室を外部から盗撮したもののようだ。これはスミアズが、ロバートを脅迫するために持ち込んだようだ。

また、コテージに続く道には、発見者のアランの足跡と小型車のタイヤ跡があり、これはスザンヌの車のものと判明した。

死因審問

死因審問とは、Inquestのことですね。この内容が、添付資料のタブロイド新聞によって展開されるのですが、字が小さくて読みにくいのよ。老眼にはつらい。

審問での関係者の証言を要約しましょう。

アラン・シーグレーブ
スザンヌとは婚約していると証言。
彼は友人とヨーロッパを旅していたが、帰国後すぐさまスザンヌのもとを尋ねていた。そこで、ロバート・プレンティスからの手紙を発見、開封してしまう。義父との関係を知り、スザンヌを問い詰めた。その後、義父ロバートに会うべくコテージに向かい死体を発見。通報したのだと言う。

ナサニエル・スミアズ
彼はローバートからクビを申し渡されていたが、年金ももらえないのはひどすぎると、故人を訪ねていたことを認めた。元の地位に戻してくれるよう嘆願したが、追い出される。邪険に手を払いのけられときに切手が落ちたという。現場の写真の断片は翻意を図るために持って行ったというが、破り捨てられてしまった。

スザンヌ・レトランジュ
プレンティスと愛人関係になっていたことを認める。新しい遺言状のことは知らなかったが、「十分なものを残す」とは言われていたという。
アランについては、彼が自分に深く恋い焦がれていたことはわかっていたが、結婚する気などはない。手紙でアランと言い争った後、ロバート・プレンティスのもとに急ぎ、死体を発見、怖くなって逃げ去った。そのときに手紙を置き忘れてしまったのだと証言した。

ブレンティス夫人
ロバートとは、別居した6月11日以降には会っていない、スザンヌとの関係は知らなかったと言う。また、ミス・ボグビンの住居であるホワイトコテージを、ロバートが借り受けたことも全く知らなかったと証言する。

ミス・ボグビン
コテージを使われるのは不本意だったが、故人が買ってくれたものなので、拒めなかった。
スミアズは、父親のちがう弟で18年間に6回しか会ったことがないので、特別な感情はないという。

審問結果

故ロバート・プレンティスが、ストリキニーネ中毒によって死亡。誰によって投与されたかは証拠不十分。今後の警察の捜査に委ねられることになった。

これ以降に、プレンティス夫人から再度来た手紙や、警察による関係者の行動、動機などの分析が記述されます。
問題編は、ここまで。


解決編を読んで

見事に正解

今回はこの記事を書きながら、じっくり考えてみました。その結果、ほぼ推理どおり当たりました。
よしやった、とばかりに解決編を読み進めていくと、そこには

新たな展開があって、またびっくりさせられます。

いい意味でのけれん味とでもいいましょうか。

前作の「マイアミ沖殺人事件」はストレートな犯人当てで、警察の捜査を忠実に追う形式でしたが、今回は少し体裁が変わっています。
これについて、前述した「デニスとジョーの対話」で、こんなやり取りをしています。

ジョー 君、語り口をまるで変えちゃったじゃないか。これじゃあ、ちっとも警察の捜査記録じゃないよ。
デニス 同じことの繰り返しじゃ、あまりにも芸がないと思ってさ。真似は厭なんだ、たとえ自分自身の真似であってもね。

さすがに一流作家の志は高い。前回レビューした日本作家とは違います。

続けて、

ジョー 君の言うとおりかもしれない。そうであってくれることを願うよ。しかし、もっと推理小説らしい推理小説を望んでいるファンも多いはずだ。そういう読者のために、僕はもう一つファイルを作ってみることにする。
デニス そいつはすてきだ。二人で話し合える段階になったら、すぐに知らせてくれ。

と、すかさず次作をPRするところなど、さすが商売上手(笑)。

何はともあれ、無味乾燥になりがちな「犯人当て形式」を取りながら、読んでいて面白い小説に仕上がっていることを高く評価したいと思います。

購入したのは

今はなき近所の古本屋で980円(定価2800円)で購入。現在は絶版ですが、入手はさほど難しくないようです。お薦めします。