Satan's Fire ( Paul Doherty )

「テンプル騎士団」をめぐる史実をベースにした展開はさすがだが、たわいない謎解きには失望。


 このところのお気に入り Paul Doherty、今回は Hugh Corbett 物の第9作「Satan’s Fire(1995)」を読んでみます。

今回の中心となるのは、The Templars と呼ばれる集団。Wikipediaによれば、

テンプル騎士団(テンプルきしだん)は、中世ヨーロッパで活躍した騎士修道会。正式名称は「キリストとソロモン神殿の貧しき戦友たち(羅: Pauperes commilitones Christi Templique Solomonici)」であり、日本語では「神殿騎士団」や「聖堂騎士団」などとも呼ばれる。

であり、

テンプル騎士団は構成員が修道士であると同時に戦士であり、設立の趣旨でもある第1次十字軍が得た聖地エルサレムの防衛に主要な役割を果たした。特筆すべき点として、騎士団が保有する資産(構成員が所属前に保有していた不動産や各国の王族や有力貴族からの寄進された土地など)の殆どを換金し、その管理のために財務システムを発達させ、後に発生するメディチ家などによる国際銀行の構築に先立ち、独自の国際的財務管理システムを所有していたとされる事が挙げられる。

とのこと。単なる軍隊組織ではなく、確固とした経済基盤を持った集団だったようです。


こんな話

 時は1303年。話は2つのプロローグから始まります。

暗殺集団のリーダー、The Old Man of the Mountain(山の老人)と呼ばれる Sheikh Al-Jebalは、 これまで幽閉していた Unknown と呼ばれていたライ病の兵士を開放する。30年前、イングランド王エドワード1世を殺しそこねたことがあった彼の目的は、今度こそ王の命を奪うことなのだろうか。

この約3か月後、聖ベネディクト会の修道女は、York に向かう道中で恐ろしい光景に遭遇する。切断された下半身だけの人間を乗せた馬が疾走しているのだ。失われた騎手の上半身は、離れた場所で不気味な炎の中に燃え上がっていたのだった。

ちなみに、半身を乗せて命からがら逃走したと思われる馬ですが、その後の調査で発見者である現地の人間の食料になってしまったことが判明。彼の運命も過酷だったようです..合掌。もしかしてクリスチャンだったかな、この馬。

 一方、Yorkでは、テンプル騎士団の Grand Master である de Molayを中心とするリーダーとイングランド王エドワード1世との交渉が始まっていた。多額の献金を要求する王と、その見返りに地位保証が欲しい騎士団であったが、その会談中にエドワードの命が狙われる。しかし、テンプル騎士団の服を着た暗殺者は、捕捉される前に突然火に巻かれて死亡してしまったのであった..。

九死に一生を得た王は、すぐさま Hugh Corbett を呼び、騎士団の内部調査を命ずる。

いつものように、Corbett は腹心の RanulfMaltote を引き連れ騎士団のベースに向かうが、到着したCorbett一行を待っていたのは、連続して起こる不可思議な殺人事件であった。それもすべて焼死である。
まず、庭園の迷路内の祭壇で、騎士団員が火に包まれ死亡しているところが発見される。事件が起きた時間、迷路の内の彼に近づく人間は誰もいなかったのだ。次に、コックが調理中に、急に火に巻き込まれ焼死してしまう。続けて、湖で釣りをしていた騎士団の図書館員が乗っていた船が、突然火に包まれてしまったのである。護衛は岸で監視していたのだが、船に近づいた人間がいれば見逃すことはなかったと言う。さらに、ある部屋から発火、二人の死体が発見される。

彼らを焼死させたのは「神の怒り」なのか「悪魔の呪い」なのか。それとも..。


読み終えると..

 全体を包む暗いムードと怪奇色はいつもより濃厚で、暗殺者を送り込むイスラム教団、半分に切断された死体を乗せた馬といった効果的なプロローグから盛り上がります。イングランドやフランスの王との対立関係にある「テンプル騎士団」という史実に基づく舞台設定はよく考えられているし、そこで起きる連続焼死事件は一気に読ませる魅力に飛んでいます。今までの Doherty の作品よりページ数も多く、力作と言ってよいでしょう。

ただ、ミステリとしてみると、いささか腰砕けと言わざる得ません。連続焼死事件は派手ですが、これに合理的な結末をつけるとすれば、結論は自ずと明らかになってしまいます。となると、周りに人がいない状況も何ら不思議でもなんでもありません。

また、前回の作品 「The Song of a Dark Angel」で、

Corbettの視点だけで書かれていることもあるのでしょうが、どうも人物像が印象に残りにくいのです。ラストに犯人が判明しても、「そういえば、この人いたな」程度で、あまり説得力がないのが残念です。

と指摘しましたが、今回の作品に対しても同じことが言えます。Dohertyには、基本的にミステリ的センスが欠けているのかもしれません。

 そんなことよりも、作者は「テンプル騎士団」の内部崩壊とそれを仕掛けるフランス王の陰謀を書きたかったのでしょう。実際、その後「テンプル騎士団」は悲劇的な最後を迎えます。

ヨーロッパ全域に広がったテンプル騎士団は聖地がイスラム教徒の手に奪い返されて本来の目的を失った後も活動し続けたが、1300年代初頭にフランス王フィリップ4世の策略によって壊滅状態となり、1312年の教皇庁による異端裁判で正式に解体された。
(上記、Wikipediaより)

その際には、Grand Master として本編に登場した de Molay も、生きながらの火炙りで処刑されたとのことです。巻末の Author’s Note で、作者は次のように記しています。

He summoned Philip of France to meet him ‘before the tribunal of God within a year’. He also cursed the French monarchy ‘until its thirteenth generation’. De Molay’s curse was prophetic: Philip IV was dead within the year. His three sons died childless; his grandson Edward III of England claimed the throne of France and plunged Western Europe into the Hundred Years War. Louis XVI, ‘the thirteenth generation’, died on the guillotine, his family’s last prison being the Temple in Paris.

彼はフランス国王フィリップを「1年以内に神の法廷で」面会するよう召喚した。また、フランス王政を「13代目まで」呪った。モレーの呪いは予言的だった。フィリップ4世はその年のうちに死んだ。彼の3人の息子は子供を残さずに死んだ。孫のイングランド国王エドワード3世がフランスの王位を主張し、西ヨーロッパを百年戦争に巻き込んだ。「13代目」のルイ16世はギロチンで死に、彼の家族はパリのタンプルで最後の監獄に入れられた。(Google翻訳)

さて、毎回エドワード1世から難題をふっかけられている Hugh Corbett ですが、国王の捜査官という立場にうんざりしており、この事件を最後に王の元を離れ、愛妻の待つ土地に帰ってしまいます。このシリーズはまだ続くのですが、次回はどのような立場で登場するのでしょうか。