The Song of a Dark Angel ( Paul Doherty )

荒涼とした海辺の暗い雰囲気のなか、不可能状況で発見された2つの死体。宝探しまで絡めて読ませてくれます。


最近のお気に入りPaul DohertyHugh Corbettシリーズ。今回は第8作目に当たる「The Song of a Dark Angel(1994)」を読んでみます。


こんな話

時は1302年11月。
いつものように、王の命令を受けたHugh Corbettは、従僕であるRanulfMaltoteを引き連れ現地に赴きます。先の2作も1302年でしたから、なかなか彼も多忙のようです。

今回の場所は、厳寒の地であるノーフォーク海岸。崖下の海から風に乗って聞こえる海鳴りは、地元ではDark Angelと呼ばれ、その厳しさをを象徴しているようであった。強風に悩まされながら、荒涼とした道を進む道中、CorbettはRanulfに今回の使命を語る。
ここノーフォークでは、2つの不可思議な事件が発生していたのである。1つめは崖の上にある絞首台の木組みに、地元のパン職人の女房が首を括っているのが発見された事件である。彼女は馬に乗って来たようなのだが、その足跡以外に現場に近寄った痕跡は認められない。しかし、死体の状況は他殺を疑わせるものであった。
さらにもう一つ、その眼下の浜辺では、首を切断された教会関係者の死体が発見されているのであった。この現場にも犯人の足跡などが何も見られないのである。

Corbettは、Mortlake Manorと呼ばれる館に向かう。領主Gurney夫妻が迎えてくれたが、そこにはCorbettと因縁のある僧侶(Monk)も到着していた。また、村ではThe Pastoureauxが拠点を与えられているようであった。

The Pastoureauxというのは、13世紀初頭の「羊飼いの十字軍」とも呼ばれる宗教ムーブメントの一つで、フランスを中心に各地で様々なグループが派生した模様。短期間、王室の庇護さえ享受することもあったようですが、明確な指導者が居なかったせいか、多くは無法集団に成り果て、最終的には犯罪集団として取締対象となってしまったとのこと。

さらにCorbettの前に、80年前のある事件が浮かび上がってきた。13世紀初頭、先々代の王、King JohnWashという地方で莫大な財宝を奪われたという事件である。当時、犯人の一人は捉えられたが、共犯者は逃亡、この地に逃げのびて略奪した宝をどこかに隠したというのだ。

捜査を進めるCorbettは、売春を目的とした人身売買組織や密輸組織をあぶり出し、この不可思議な殺人の謎に迫る。また、彼は王の財宝を取り戻すことができるのであろうか。


読み終わると...

よくできた展開で読ませてくれます。このシリーズは、中世を舞台にした暗いムードがその特徴ですが、今回は冬の荒涼とした海岸にDark Angelが鳴り響く風景が目に浮かぶようで、よりムードを盛り上げてくれます。例によって、ストーリーにいろいろなエピソードが盛り込まれており、読者を退屈させません。

ただ、その要素がスムーズに融合しているかというと、少しぎこちない点が見られ、何やらつなぎ合わせたような感が強いことも否めません。ストーリー展開が巧みな小説家は「登場人物が勝手に動き出した」という表現をよく使いますが、残念ながら、Dohertyの小説はその流れに欠けているような気がします。最初はこのエピソード、次にはこれ、と事前に分類したものをシリアルに書いている、そんな感じでしょうか、学者の書いた小説によく見られる展開ですね。
また、人物の書き分けが十分でない点も挙げられます。Corbettの視点だけで書かれていることもあるのでしょうが、どうも人物像が印象に残りにくいのです。ラストに犯人が判明しても、「そういえば、この人いたな」程度で、あまり説得力がないのが残念です。

少し文句をつけましたが、それでもこの作品は面白い。早い展開は読者を退屈させません。
ミステリとしてみても、今回のトリックは、それほど大掛かりのものではありませんが、よくできています。Corbettは最後に、殺された女の心中を思い描き、その哀れさをつぶやきますが、このあたりの展開は胸に迫るものがあり余韻を残します。


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