The Prince of Darkness ( Paul Doherty )

ドハティを見直しました。



作者「Paul Doherty」について

こちらのページによると、

ポール・ドハティ(Pual Doherty)は、1946年イングランド北東部Middlesbroughの生まれ。カトリックの司祭になるために勉強したが、学問の世界は自分には向かないと判断、中等学校の教師になった。その後、1985年の「The Death of a King」を皮切りに、中世、ギリシア、古代エジプトなどを舞台にした歴史ミステリーを100冊以上書き、20以上の言語で出版されている。

とのこと。
非常な多作家ですが、その中心となるのは、イギリス王エドワード1世の私的捜査官Hugh Corbett物と、修道士Brother Athelstanを主人公とするシリーズでしょう。今回取り上げるのは、Hugh Corbettシリーズ第5作目になります。


これまでに読了した「Hugh Corbettシリーズ」

Title Publisher Point Comment Date
Satan in St.Mary’s(1986) St Martine’s Press 5.5 犯人がすぐわかるし、あまりにせこい密室トリック。主人公にもあまり魅力がない。 1999/02/09
Crown in Darkness(1987) Headline 6.0 後半の展開がミステリでない。歴史小説との割り切りが十分でないのだろう。 2002/11/30
Spy in Chancery(1988) Headline 6.0 犯人の意外性に乏しいのが欠点。シリーズ物の一巻と読めばまあ許せる。 2004/09/15
The Angel of Death(1990) eBook 6.0 Dohertyは、所詮この程度なんだよ。誰が犯人でもよくて意外性は何もない。ただムードは悪くない。 2017/02/05

今までに読んだCorbettシリーズ初期4冊へのコメントです。あまり高い評価ではありませんね。
個人的に気に入らないのは、謎に一貫性がないことで、複数の事件が起きても、それが別々の犯人であったり、偶然の出来事であったりと、何のつながりもないようなケースが散見されることです。これはミステリとしては納得できない展開であり、大きなマイナス要素だと思います。
そんなわけで、最後のコメントにもあるように「中世を舞台にした時代背景の面白さと、暗いムードだけが取り柄の作品」という感想と共に、これ以後Corbett物を手に取ることはありませんでした。

ところが、最近時々書評を見ているIn Search of the Classic Mystery Novelというサイトで、Paul DohertyのRealm Of Darkness (2022)」が取り上げており、その最後で下記のようなフレーズがあったのです。

I’ve said it before and I’ll say it again – fans of mystery novels need to try some Paul Doherty. If you’re not already a convert, then go back and try one of the earlier Corbett novels – all of them from The Prince Of Darkness are outstanding (and the first four aren’t bad either).

Paul Dohertyを強く推薦しているのですが、気になったのは「all of them from The Prince Of Darkness are outstanding」というフレーズです。要するに、これ以降が、Corbett物の真髄だということなのでしょう。ここまで言われたら、読まないわけにはいきません。今回は、5作目の「The Prince Of Darkness(1992)」を読んでみました。


こんな話

主人公のHugh Corbettは、イギリス王エドワード1世に仕える官吏なのですが、このエドワード1世(Edward I, 1239-1307)とは、ウィキペディアによると、

ヘンリー3世の長男であり、1272年に父王の崩御で即位し、以降1307年の崩御までイングランド王として君臨した。内政面では法整備を進めたことや1295年に代議制議会の要素が強い模範議会を招集したことなどが特筆される。外交では近隣諸国との戦争に明け暮れ、ウェールズやスコットランドに侵攻して併合したり、アキテーヌを巡ってフランスと戦争するなどした。しかしスコットランド支配は激しい抵抗運動を招いて最終的には破綻し、フランスとの戦争はやがて百年戦争へと繋がっていく。

とのことで、この作品でもフランスとの関係が一つの背景となっています。

時は1301年。英仏の間では、エドワード1世の息子ウェールズ大公(Prince of Wales、後のエドワード2世(Edward II, 1284-1327))と、フランス王フィリップ4世の娘との婚約が進められていた。
しかし、そこにはいくつかの問題があり、その最たるものはPrinceのかつての愛人であったElenorの存在であった。Elenorは、Princeからすでに捨てられており、修道院に幽閉同然の生活を送っているのだが、その存在は大きなスキャンダルに発展する可能性を秘めていたのだ。
また、親子間にも確執があり、エドワード1世は、Princeの寵臣であるPiers Gavestonの存在を問題視していたのである。

実はこの人も実在人物。これまたウィキペディアから引用させて頂くと、

1294年に同世代のエドワード皇太子(後のエドワード2世)の遊び相手として伺候して以来、皇太子と極めて親密な関係となった。同性愛の関係だったともいわれる。国王エドワード1世はやがて皇太子のギャヴィストン依存を危惧するようになり、二人を引き離そうと様々な手段を講じるようになったが、皇太子の態度は改まらなかった。

という関係、まさに念友なのです。よくわかりませんが、その絆は固いということなのでしょう(笑)。

さて、事件はPrinceの愛人であるElenorが、修道院内で転落死したことから始まります。
王の命を受けて、修道院に出向いたCorbettは早速捜査を始めるが、Elenorの死の直後に、ある老修道女が風呂で溺死していたことに注目する。彼女は何かを見たらしい。それはElenorに関わる事実なのだろう。死の直前に彼女が残した言葉は、何を意味するのか。
また、Corbettは、18ヶ月前に森の中で男女二人の裸死体が発見された事件にも着目する。この二人は何者なのだろう。Elenorの死と何らかの関係があるのだろうか。
さらに捜査を進めていくと、事件直前Elenorは関係者の手引きで、修道院を抜け出そうとしていたようなのだ。

この事件の裏に暗躍するのは、エドワード1世自身なのか、それともPrinceとPiers Gavestonなのか。あるいは、フランス王フィリップ4世の側近 Amaury de Craonの陰謀なのだろうか。


読み終えると..

今回の作品では、史実に沿った展開の中で、Elenor殺害事件と18ヶ月前の男女の死との関連がうまく融合されており、全体を通じて一貫した謎として展開されています。なんとなく見当はつきますが、犯人設定も面白く、ミステリとして良く出来ています。

あえて難を言えば、主人公のCorbettを含めて人物像が極めて類型的で、印象に乏しい点が挙げられるでしょう。悪役も今ひとつ憎らしさや迫力にかけており、Corebettとのセリフのやり取りもありふれていて、いささか臨場感に乏しいのが残念。プロレスのマイクパーフォマンスでも見習ってほしいものです(笑)。

まあ正直言って、これらは全てDohertyの作家としての資質の問題であり、多くを期待するのには無理があるかもしれません。それでも、この「The Prince of Darkness」、確かに前4作とは雲泥の出来で面白く読めました。次作以降にも期待しましょう。