青い密室 名探偵・星影龍三全集ーⅡ ( 鮎川哲也 )

鮎川哲也の意気込みが伝わる力作揃い。本格物の楽しさが味わえます。


題名 作者 評点 コメント
白い密室 鮎川哲也 7.5 [宝石 昭和33年1月]探偵小説年鑑で読了済。
薔薇荘殺人事件 鮎川哲也 8.0 [宝石 昭和33年8月]これはよく出来た設定で読ませる。再読だと思うが、記憶に残っていないのはなぜだろう。
悪魔はここに 鮎川哲也 6.5 [宝石 昭和34年1月]中盤まで緊張感を保って進んでいたが、結末が今ひとつ。過去からの復讐者とはいささか陳腐。
青い密室 鮎川哲也 8.0 [宝石 昭和36年5月]この作品は意外性に支えられているので、再読だと高い評価は出来ない。それでも好きな作品だ。
砂とくらげと 鮎川哲也 7.0 [宝石 昭和36年10月]名探偵13人登場(中島河太郎編)で読了済。
茜荘事件 鮎川哲也 5.0 [早川書房『私だけが知っている』 昭和36年3月]この解決は論理的に納得できない。
悪魔の灰 鮎川哲也 7.5 [早川書房『私だけが知っている』 昭和36年3月]犯人設定が面白い。初出のままになってしまったのは惜しい。
朱の絶筆 鮎川哲也 6.5 [小説宝石 昭和49年8-9月]立て続けに3つの殺人といささか慌ただしい。動機が弱いこともあって、説得力にかける。

懸賞金不払い問題のこじれから、鮎川哲也が雑誌「宝石」から「長らく干されていた」というのは有名な話ですが、事態は江戸川乱歩が「宝石」の編集に乗り出した昭和32年から一気に好転します。乱歩による「宝石」のテコ入れについて、Wikipediaは下記のように記述しています。

1957年2月に経営悪化が日本探偵作家クラブで問題となり、てこ入れ策として8月号から乱歩が編集長となる。この頃は赤字経営で原稿料不払いも恒常化している状況で、乱歩は私財数百万円を注ぎ込んで立て直しを図った(立て替え分は後に宝石社より返済された)。新連載として横溝正史『悪魔の手毬唄』、坂口安吾『復員殺人事件』(「樹のごときもの歩く」に改題)の復刻と未完部分の高木彬光による執筆など、各作品に乱歩によるルーブリック(序説)を付すようにし、発行部数は5割増し、1年ほどで赤字解消にこぎ着けた。

このような状況の中で、鮎川哲也もまた、白羽の矢を立てられた作家の一人でした。乱歩が編集長に就任した昭和32年8月号から、下記の作品が順次「宝石」に掲載されていくことになります。

五つの時計          昭和32年8月   鬼貫  
白い密室            昭和33年1月   星影  
早春に死す          昭和33年2月   鬼貫  
愛に朽ちなん        昭和33年3月   鬼貫  
道化師の檻          昭和33年5月   星影  
薔薇荘殺人事件      昭和33年8月   星影  
二ノ宮心中          昭和33年10月  鬼貫  
悪魔はここに        昭和34年1月   星影  

一覧を見てわかるように、鮎川哲也の代表的な短編がこの時期に発表されているわけで、作者の力の入れ具合が伺われます。さらに、昭和34年7月から12月には「黒い白鳥」を連載していますので、乱歩編集長のもと、鮎川哲也の才能が一気に爆発した2年間と言えるでしょう。昭和35年以降にも「急行出雲」、「青い密室」、「砂とくらげと」といった佳作が「宝石」誌上に並びます。
 本書「青い密室 名探偵・星影龍三全集ーⅡ」は、その充実期に書かれた「星影物」が中心ですので、面白くないわけがありません。本格物の醍醐味が十二分に味わえる好短編集と言えるでしょう。

 さて、出版当時の目玉といえば、テレビのミステリ番組「私だけが知っている」のシナリオとして書かれた「茜荘事件」,「悪魔の灰」と、長編「朱の絶筆」の元になった中編が収録されていることでした。現在、後者は光文社文庫「朱の絶筆」に収録されているようですが、先の2編が光文社文庫版「星影龍三シリーズ」である「消えた奇術師」、「悪魔はここに」の2巻から漏れてしまっているのは残念です。


出版芸術社 平成八年八月二十日第一刷 254ページ 1600円
解説は北村薫。