風は故郷に向かう ( 三好徹 )

前半快調も中盤から停滞。当時は新鮮だったテーマも今では風化気味かな。


本書「風は故郷に向かう」の舞台は、1959年のキューバ。ちょうど、あのカストロがアメリカ資本を追い出し、革命を起こした直後のこと。この作品は1963年の書き下ろしですから、当時としては非常に新鮮で、かつ臨場感があったテーマであったことが容易に想像できます。


ストーリー展開は..

主人公の「私」こと清川は自動車会社勤務で、市場拡大のためキューバに出向することになっている。また、彼の出発前夜は、妹の紀子が日系二世のビル・黒崎と新婚旅行に行くときでもあった。
慌ただしい見送りを終えて、帰路を急ぐ清川だったが、帰りの電車から並行する寝台列車「はやぶさ」を見ると、あのビル・黒崎と似た人物を見かけてしまう。妹と新婚旅行に行ったはずの彼が、なぜ..。錯覚にしてはあまりに、似すぎている。

不安をいだきながらも、清川はキューバに出向くが、経由地のマイアミについた途端、妹夫妻の行方不明の電報が入ってくる。首都ハバナについた清川は、早々に日本との電話連絡を試みるが、政府による統制がひかれていて状況を把握することが出来ない。
焦燥感に駆られる清川は、何とか電報で本社との連絡を図るが、それもうまくいかない。それどころか、ホテルで暴漢に襲われ、その電報さえ奪われてしまったのである。
そんな時、清川はハバナで知り合った数少ない人間、アメリカ人記者ジョン・スミスがビル・黒崎とよく似た人間に会っているところを目撃、後をつけるがまかれてしまう。その翌日、なんとスミスは死体となって発見されるのであった..。


読み終えて..

何といっても、速いテンポで進む前半の展開が素晴らしい。妹夫妻の失踪と、キューバーからでは状況がつかめない主人公の苛立ちがよく伝わってきます。また、カストロ支持者による熱狂的なデモ、それと対象的なルーズな時間感覚、などキューバ内の描写も悪くありません。特に、情報量の少なかった当時には、非常に新鮮で魅力的な内容だったでしょう。

ただ、ここからが単調。この手のスパイ物は、中盤から終盤にかけて「味方と思えた人間が実は敵方で、またその逆も」といった意外性のある展開がほしいところなのですが、本書には読者の虚をつくような設定も展開もなく、そのまま話は収束してしまいます。人物像も類型的で魅力のある人物もなく、主人公の行動も流されているだけの感が強く、いろいろなスパイ小説が登場している現代の眼で見ると「物足りない出来」と言わざる得ません。

早川書房 昭和38年4月10日印刷 昭和38年4月15日発行 268ページ 340円