EQMM 2026/06 No.0 EQMM-HMM 歴代編集長(都筑道夫、小泉太郎、常盤新平)を評価する。
1969年度で EQMM-HMM 3代目編集長である常盤新平が退任。
ここで、歴代編集長3名 (都筑道夫、小泉太郎、常盤新平) の評価をまとめてみます。評価と言っても、これはあくまでわたしの主観、好みによるもの。独善的で客観性にかけるものであることをご承知ください。
作品の平均点を比較する
「各年度の総括」は、こちらに、年度単位にまとめていますので、個別に参照ください。最初の3回は10号単位、それ以降は1年12冊単位での評価をまとめています。
ここでは、これをグラフ化してみましょう。
一目瞭然、もうなにも言うことはありませんね。常盤新平が編集長に就任した1963年以降、一気にレベルが低下してそのまま浮上の気配が見られないのが現状です。
初代編集長 都筑道夫の評価
さて、初代から順に評価していきましょう。
初代編集長である都筑道夫については、「EQMM 2019/10 No.0 都筑道夫は名編集者だったのか?」で評価していますが、その中では下記のポイントを指摘しました。
・創刊号から数号までは、田中潤司が事前にセレクションにしていたという話
・11号以降では、平均ポイントが6.0を下回ること4回。
そのうえで、
都筑道夫はEQMMの名編集長」として疑わない雰囲気が強いですが、果たしていかがなものでしょう。少し疑問に思っています。
という評価を下しています。
また、上のグラフを見てもらえればわかりますが、作品レベルが年々降下傾向を示しています。
2代目編集長 小泉太郎の評価
なにごとでもそうですが、一般にいったん下降傾向を示したものを回復することは、非常に難しいとされています。
2代目編集長に就任した小泉太郎は、正しくそれを成し遂げた名編集長であったと高く評価したいと思います。
「EQMM 2019/12 No.0 EQMM43号から54号(1960年)までを総括する。」で、「1960年はV字回復で、EQMM再飛躍の始まりか」とのべたのですが、その予想は的中。
次年度の「EQMM 2020/04 No.0 EQMM55号から66号(1961年)までを総括する。」では、
昨年度(1960年)の総括で、「1960年はV字回復で、EQMM再飛躍の始まりか」と記述しましたが、今年は次代への方向性を明確にしたと言えるでしょう。このような功績は、編集責任者の力量によるものと評価すべきです。
EQMMをVG回復させ、新たな方向性を作り上げた “小泉太郎こと生島治郎” は、名編集者であった。
と断言しています。
小泉の功績は、作品のレベルを上げただけではありません。EQMM が HMM に生まれ変わる3年以上前から、その方向性を明確に示していることも高く評価すべきでしょう。
3代目編集長 常盤新平の評価
数字が全て。これ以上記述する気にはなれません。個人的にどうもこの人とは徹底的に合わない気がします。会社務めしていたときに、こんな上司がいたら嫌だったろうなあ。都筑道夫も嫌だけど(笑)。
作品の優劣件数を比較する
これは参考レベルに見てください。下記のグラフは、各年度の 8.0 以上の秀作と、**3.0 以下の駄作の件数をプロットしたものです。
「秀作の件数」は、各年度それなりにあることは評価すべきでしょう。
一方、「読むに耐えない作品」に目をやると、小泉編集長期間にその数が極めて少ないことに気が付きます。やはりこの人とは趣味が合うなあ(笑)。
以上、「EQMM-HMM 歴代編集長(都筑道夫、小泉太郎、常盤新平)を評価」してみました。再度繰り返しますが、これはあくまでわたしの主観による個人的な評価であり、全く客観性のないものであることをお断りしておきます。
これからへの期待
EQMM 2026/05 No.0 HMM153号から164号(1969年)までを総括する。にて、下記の感想を記述しました。
前年度の総括で、「正直に申し上げて、これぐらいつまらない作品を読まされた年度は初めてです」と述べたのですが、1969年度はそれに輪をかけたレベルので、もううんざりしています。
「そんなにうんざりなら、もうやめろよ」と言われそうですが、ここはなんとか1972年までこぎつきたい。
というのも、HMM本誌 をリアルタイムに読み始めたのが1972年。それゆえ、なんとかそこまでたどり着きたい、というのが、このブログを始めた当初からの目標なのです。
上記の文章でも書きましたが、再度お願いします。
この年半ばで、常盤新平編集長は退任されたので、次年度は各務三郎こと太田博編集長に期待しておきます。