Corpse Candle ( Paul Doherty )
派手な展開で楽しく読めますが、ミステリとしては平凡で結末は予想できてしまいます。
毎回楽しませてくれる Paul Doherty の Hugh Corbett シリーズ、今回は第13作目に当たる「Corpse Candle(2001)」を読んでみます。さて今回はどうでしょうか。
こんな話
時はまたしても1303年、舞台となるのは、マーシュ修道院( the abbey of St. Martin’s-in-the-Marsh )。この修道院の院長( Abbot )である Sir Stephen が不審な死を遂げたことに始まる。
Sir Stephen Daubigny は、兵士として有名な男であった。王である Edward1世 とともに戦った経歴を持ち、王の信頼が厚い人物でもあった。その彼が何故かある時から宗教の道に移り、マーシュ修道院の院長となっていたのである。
Abbot Stephen は、その敬虔な姿勢から内外から尊敬されている人物であったが、現在、この修道院では一つの対立が起きていた。
その急先鋒である Prior Cuthbert は、修道院の副院長であり、評議会の指導者でもあった。Prior Cuthbert は、修道院が保有する Bloody Meadow と呼ばれる土地に宿坊を作り、より多くの巡礼者を集め、経済的な繁栄を目指していたのである。しかし、Abbot Stephen は、史跡を破壊するような開発に反対の立場をとっており、彼の許可なくしてその計画が進められるわけはなかった。
Bloody Meadow と呼ばれる場所にはいくつかの伝説があり、Sir Geoffrey Mandeville という人物の悪霊が闊歩しているといううわさや、見た人間は死に至るという Corpse Candle(死体蝋燭) が沼地に浮かび出すこともあるのだという。
また、Abbot Stephen には、なんと exorist (エクソシストだよ!)、除霊の才能があるとされており、現在この修道院には、上記 Geoffrey Mandeville の悪霊に取り憑かれたという Taverner という男が、滞在していたのである。さらに、それを観察すべく、セントポール大聖堂の首席司祭である Adrian Wallasby までも、この修道院へやって来るというのだ。
そんな中で、Abbot Stephen の死体が発見されたのであった。かれは内部から鍵が掛けられた密室の中で発見されており、誰も出入りできない環境で死に至っていたのである。その不可思議な死は、当然のように Edward1世 の関心を呼び、Hugh Corbett 一行が派遣されたのである。
さて、いつものように Corbett は、腹心の Ranulf、そして前作から加わった Chanson を従え、修道院に到着します。
この Abbot Stephen の死をきっかけとするかのように、修道院内の人間が次々と殺されていく。複数の修行僧、さらには、あの悪霊に取り憑かれたと主張していた男までが無残に殺害されていったのである。しかも、その額には Geoffrey Mandeville を意味する烙印が刻まれていた。連続する殺人は、彼の呪いを意味するのであろうか。
Corbett は、Abbot Stephenの過去に何があり、なぜ宗教の道を選んだのか、そのあたりにこの事件の鍵があると考えるのだった..。、
読み終わると...
今回は、やたら死人が多い派手な展開。殺人事件が連続して起きるだけでなく、街に聞き込みに出向いた Ranulf は無法者の襲撃を壮絶に返り討ちにしてしまいますし、最後に Corbett は犯人を指摘しますが、その際の反撃で関係者が巻き込まれ死亡するという始末。結局、何人亡くなったのかよくわかりません。そういえば、猫まで犠牲になっていましたね。
何はともあれ、色々展開してくれるので退屈せずに楽しく読めます。このあたりがDoherty の魅力なのでしょう。
しかし、彼を本格ミステリ作家として評価してはいけません。
中世を舞台としたスリラーが本質なのです。この作品に関わらず、どの作品でも、密室を始めとする不可能趣味は出てきますが、大したトリックがあるわけではありません。作品を彩るためのギミック、思いつきののレベルにすぎず、悪く言えば虚仮威しのレベルなのです。
「オカルト色の濃い作風に不可能犯罪の巨匠ディクスン・カーばりの不可能興味が特色の本格ミステリ・シリーズ」なんて書評を見かけたことがありますが、これは表面をなぞっただけで、本質をついていません。
また、出来の良いミステリ作家なら、作品の後半には意外性やちょっとしたひねりで読者を驚かせるような仕組みを用意するものですが、残念ながら Doherty の作品にそういう展開はほとんどなく、平凡な結末に終わってしまうものが大半です。
要するにこの人、ミステリ作家として大したレベルではないのです。
この作品も連続殺人が派手なだけで、ミステリ分野として高く評価できるレベルではありません。後半、Abbot Stephen の過去が明らかになったところで、「ああ、あの設定だな..、とすると犯人はやつしかない」と容易に推測できるレベルなので、本格物を期待する読者は失望することになるでしょう。
それでも読んで楽しいスリラーなのは間違いありません。分野は違いますが、江戸川乱歩の通俗物に通じるような魅力を感じます。乱歩は自らの長編を「通俗チャンバラもの」と呼んでいましたが、Doherty の魅力は正しくそれだと思います。
Doherty の日本での紹介途切れているのは、日本の読者が期待するものとのミスマッチが原因なのかもしれません。まあ、BBCあたりでドラマ化(可能性は少なそう)でもされない限り続刊は出ないでしょうね。